08 5/12 UPDATE
東京の地下には鉄道や道路、水道管が張り巡らされているけれど、パリの地下にはその他に、石灰石などを採掘したあとにできた洞窟があちこちにある。その様子は穴だらけのグリュイエールチーズにたとえられるほど。もう採石は行われておらず、採石場跡のうちいくつかは天井にあたる部分が剥がれ落ちている。採石場跡を管理するパリ市の担当局ではそれを「Ciel Tombé」(シエル・トンベ)、「墜ちた天」と呼んでいる。写真家、畠山直哉は初めてその言葉を聞いたとき、「野蛮さに惹かれた」という。
「自分たちが住んでいる直下から切り出した石を積み上げて町をつくる。そのダイレクトさが野蛮でおもしろい」
畠山が以前手がけた「ライムワークス」では、都市から遠く離れた鉱山から切り出された石灰石がセメントになり、都市に運ばれて建造物になるという横軸の移動を追っている。「Ciel Tombé」はいわば縦軸の移動になるのだが、それにしてもあまりに近い、というわけだ。
「墜ちた天」という言葉そのものも重層的だ。「天が墜ちる」というと悲劇的なものも感じるが、パリの採石場跡管理局や地質学関連の人々にとっては単に「落盤の初期」を指す専門的な用語なのだそう。
「フランス語で“ciel”は空や天を意味するが、地下空間で“ciel”というと『上にあるもの』の意味になり、天井に近い意味になる。普通なら地面の上にあるはずの天が地下にあって、しかもそれが墜ちている。そう考えると複雑でトポロジカルな連想を誘う」
撮影した写真を見て畠山は「重力が作る岩のフォルム」を美しいと感じたという。
「堆積岩である石灰石は層になって崩れるから、ウエハースを薄くはがすようにぽろっと落ちる。その数メートル下の重なり具合がほんとうに素直な形で、人間が置いたような感覚がない。穴を掘ったのは人間だけれどその中で植物が育つように何かが復権している」
画面には主に岩しか写っていないから石の一片の大きさや穴の奥行き、深さはわからない。
「写真を見る人の中で、この場所に行った人は誰もいないはず。だから大きさはもちろん、本当かウソかも結局はわからない。写真と僕の言葉しか手がかりはないけれど、僕は『現実だ』とも『信じろ』とも言わない」
展覧会には「Ciel Tombé」の上にあるパリの町の風景写真も並べられているが、その中には模型を撮影したものもある。そのことが明かされたとたん、「Ciel Tombé」とは違う意味で天が墜ちてきたような気持ちにもなる。その墜ちた天から差し込む光はどこから来るのか、そんなことを考え始めると地上と地下、天と地が次々と重なって逆転していくような感覚にとらわれてしまうのだ。
Text:Naoko Aono
畠山直哉「Ciel Tombé」
開催中~5月23日まで
[問]タカ・イシイギャラリー
東京都江東区清澄1-3-2-5F
Tel: 03-5646-6050
12:00~19:00
日曜・月曜・祝日休
http://www.takaishiigallery.com/
畠山直哉「Ciel Tombé」2007年
Courtesy of the artist and Taka Ishii Gallery