08 5/29 UPDATE
「ターナー賞」はイギリスで年に一人、もっとも注目すべきアーティストに与えられる賞。84年に創設され、90年に一度中断されたが、2007年までに23組の作家が受賞している。今、森美術館で開かれている「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み」展はその23組の作品からイギリス現代美術の歴史を振り返るもの。が、展覧会タイトルを「英国アートビジネスの現在史」と読み替えるとまた違った視点で楽しめる。
展覧会は84年の第1回受賞者、マルコム・モーリーから始まる。続くリチャード・ディーコン、アニッシュ・カプーア、アントニー・ゴームリーらの作品はどちらかというと静的で、スタンダードな印象だ。このころ、イギリスのアート界は苦境に立たされていた。79年以降、サッチャー政権が文化支援政策を次々と廃止してしまったためだ。80年代末にはさらに景気が悪化、アートどころではない、といった状況に陥る。官からも民からも支援が得られないアーティストたちは自分たちで何とかしなければならなかった。
そんな中、幸か不幸か、借り手のつかない不動産物件を期間限定・格安でアーティストに貸してくれる業者が現れる。美術学校では「制作するだけでなく、効果的にプレゼンテーションするまでがアーティストの仕事だ」という起業家精神を教え始めた。88年、デミアン・ハースト(95年ターナー賞受賞)がコーディネートし、空き倉庫で開催した「フリーズ」展はこの教育の成果かもしれない。アーニャ・ガラッチオ、サイモン・パターソンらが参加したこの展覧会は後のYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)ブームにつながるものとして今や伝説となっている。
91年に再開されたターナー賞はテレビ局と提携、マドンナやデニス・ホッパーら有名人をプレゼンターに授賞式をテレビ中継するなど、アート専門家以外の人々に向けて積極的にアピールを始める。90年代末には「これまでいっしょに寝た男の名前を書き込んだテント」を発表したトレイシー・エミン、顔に性器のついたオブジェで物議をかもしたチャップマン・ブラザースなど、お行儀の悪いアートが登場。いずれも受賞は逃したものの、ターナー賞候補となった。センセーショナルでわかりやすいこれらのアーティストもまた、一般の注目を集めるようになる。
2000年、テート・モダンがオープン、開館当初から多数の入場者が訪れるロンドンの新名所になる。そのころからイギリスの景気が回復、アート・ビジネスも活性化してきた。アメリカのガゴシアン・ギャラリーなど「外資系」も含めたギャラリーが続々とオープン、またはスペースを拡張している。2003年からはアート・マガジン「フリーズ」が主催するアートフェアがスタート、年々取引高を増やしてきた。ロンドンのアート・シーンは今やバブルといわれるほどの活況を呈している。ターナー賞でも、ドイツ出身のヴォルフガング・ティルマンス(2000年受賞)など外国人の受賞が増えたのはその現れともいえる。
「英国美術の現在史」展の出品作は一見、ばらばらでまとまりのないものに見えるかもしれない。それは20年あまりという短い間にイギリスのアート・シーンが激しく変化してきた証拠だ。その変化をもたらしたアーティストや美術館、メディアの「格闘」を想像しながらみるのもおもしろいだろう。
Text:Naoko Aono
「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み」
開催中~7月13日
10:00~22:00(火~17:00)
無休
一般1,500円
[問]森美術館
東京都港区六本木6-10-1
六本木ヒルズ森タワー
Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
デミアン・ハースト
《母と子、分断されて》
1993年
アストルップ・ファーンリ近代美術館、
オスロ蔵
ギルバート&ジョージ
《デス・アフター・ライフ》
1984年
大阪市立近代美術館開設準備室蔵
ヴォルフガング・ティルマンス
《君を忘れたくない》
2000年
Courtesy: The artist and Maureen Paley, London
グレイソン・ペリー
《ゴールデン・ゴースト》
2001年
サーチ・ギャラリー、ロンドン蔵