08 9/04 UPDATE
薄型・壁掛けの液晶モニタが登場して、壁に絵をかけるように映像をかけることができるようになった。そんな技術の進歩がアートのあり方も変えている。「液晶絵画 STILL/MOTION」展は「絵画のような映像」を集めた展覧会。参加アーティストは14人。1940年代生まれのベテランから70年代生まれの若手まで、また映像を主に扱う作家だけでなく、写真、日本画、ペインティングなどバックグラウンドも幅広い。
ベテランの一人、ミロスワフ・バウカは家庭用コンロのガスバーナーの火を床に投影した作品を出品。タイトルの「BlueGasEyes」は第二次世界大戦中、ナチスによって純粋アーリア人の象徴とされた「Blue Eyes」(青い目)の間にユダヤ人虐殺を連想させる「Gas」(ガス)という言葉を挿入したものだ。その青い炎が投影されているのは、塩を敷き詰めた四角いスペース。塩は体液や汗など、人間が分泌するものの象徴でもあり、ポーランドでは大量の塩は不吉なものを表す。こんなふうに、ひとたび私たちが「解読のための鍵」を手に入れたとたんに、どこの家庭の台所にもあるようなガスコンロの炎が歴史の記憶を語り出す。もちろん、その物語とは無関係に瞑想的な空間に身を浸すことも可能だ。
同じくポーランド出身のドミニク・レイマンはインタラクティブな作品を出品。観客の姿が数秒遅れて作品中の画面に映し出される。映像の中の観客の前には異教徒(異端者)の印である三角帽子をかぶり、後ろ手に縛られた裸の男性の姿が。これは「ゴヤの異端審問裁判」にインスピレーションを受けたもの。作品に映し出される私たち自身はいやおうなく、異端者を裁く裁判官の位置に立つことになる。映像は数秒遅れだから、取り消したり、やり直したりすることもできない。後戻りできないその場に立たされたときに、私たちは異端者である彼に対してどこまで寛容になれるだろうか?
イギリスの女性アーティスト、サム・テイラー=ウッドはカゴに盛られた果物にカビが生え、腐っていく過程や、小動物の死体が朽ちていく様子を早送りの映像で見せる。彼女はこの2作品のほかに、自らが聖母マリアに扮して十字架から降ろされたキリストを抱きかかえて嘆く「ピエタ」を題材にした映像を出品。中世の絵画で盛んに取り上げられた「メメント・モリ」(死を想え)、あるいは宗教画のモチーフを現代の感性で解釈したものともいえる。
森村泰昌はフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を映像作品に仕立てた。彼女が描かれる少し前から、フェルメールのキャンバスにとらえられたまさにその瞬間までを、独自の解釈で読み解いて見せる。彼はこのプロセスを「解凍」と呼んだという。絵画に描かれた「凍りついた瞬間」から、その前後の時の流れを「解凍」してみせたということだ。
さまざまな時間軸を封じ込めた映像作品。現実の時間の進行をほんの少し遅らせ、あるいはシャッフルして私たちを攪乱する。逃げることのできない時の流れからほんのいっとき、自由になれるような気がする。
Text:Naoko Aono
「液晶絵画 STILL/MOTION」
開催中〜10月13日
月曜休
(祝日・振り替え休日の場合は翌日休)
10:00〜18:00(木・金〜20:00)
一般1,000円
[問] 東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
Tel : 03-3280-0099
http://www.syabi.com/
森村泰昌《フェルメール研究(振り向く絵画)》2008年
国立国際美術館蔵 ©Morimura Yasumasa
ミロスワフ・バウカ《BlueGasEyes》2004年
©Miloslaw Balka, courtesy of Gladstone Gallery, NY
サム・テイラー=ウッド《スティル・ライフ》2001年
©Sam Taylor-Wood, courtesy of White Cube