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佐藤雅晴の作品を初めて見たのは「日常/オフレコ」(2013年、KAAT神奈川芸術劇場)というグループ展だった。工場で伊達巻が自動的に作られていく様子を淡々と追った映像だ。精密に描かれた手描きのアニメーションはループになっていて、とくにストーリーはないのだけれど、いつまでも見ていたい心地よい空気が流れている。
彼のアニメーションはパソコンに取り込んだ実写映像をトレースした原画から作られる。写っているものの輪郭を細部に至るまで写し取る作業には、ゆうに油絵を一枚仕上げられるだけの時間と手間がかけられる。画面にはあらゆるものが等価に表現されていて、何か特定のものが強調されることはない。
作者の佐藤は東京藝術大学大学院で学んだ後、ドイツに留学。約10年間、デュッセルドルフで暮らす。その間、さまざまなツールが開発されてきたパソコンで手描きのアニメーションの制作を始めた。といってもここに至るまでには、紆余曲折がある。日本での制作に行き詰まってドイツへ行ったものの、美術とは無縁のアルバイトに追われる。帰国後は自身や家族のガンやくも膜下出血といった深刻な病に見舞われ、東日本大震災にも遭遇した。
今回の個展にはドイツでの12の身近な光景をトレースした《Calling(ドイツ編)》、帰国後に制作した《Calling(日本編)》、さらに新作の《東京尾行》が展示される。
展覧会タイトルにもなっている《東京尾行》は佐藤の友人であるグラフィックデザイナーの杉原洲志が、佐藤のトレースを「尾行のようだ」と表現したことから生まれた。相手に気づかれることなく対象についていく尾行という行為は、自らの行き先を他者に委ねることでもある。佐藤自身はトレースという手法について、対象を自分の中に取り込む儀式のようなものだと説明したことがあるが、"尾行"は自らの主体性から解放されることも意味する。自我や自意識から離れて対象を淡々と写し取るトレースという行為によって佐藤は、一時離れていた作品制作に戻ってくることができた。
《東京尾行》は2015年に彼が東京じゅうを歩き回って撮影した映像をもとにしたもの。2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて急激に変化する街の様相が捉えられる。これまでの作品とは違い、画面の一部だけがトレースされて、実写と手描きのアニメーションとが一つの画面に同時に現れる。虚と実の関係性がさまざまにねじれて見え隠れする。
佐藤の作品には懐かしさを覚える人もいれば、現代社会での孤独やディストピアを見る人もいる。佐藤がひっそりと"尾行"した光景からさまざまな感情がわき起こる。
text: Naoko Aono
《佐藤雅晴―東京尾行》
会期:2016年1月23日〜5月8日
会場:原美術館
東京都品川区北品川4-7-25
tel:03-3445-0651
11:00〜17:00(祝日を除く水曜〜8:00 pm、入館は閉館時刻の30分前まで)
月曜、3月22 日休(3 月 21 日は開館)
一般1100円
http://www.haramuseum.or.jp
《東京尾行》 12 チャンネル ビデオ、2015-2016 年
《東京尾行》 12 チャンネル ビデオ、2015-2016 年
《Calling(ドイツ編)》アニメーション、ループ (7分)、シングルチャンネル ビデオ、2009-2010 年
《Calling(日本編)》アニメーション、ループ (7 分)、シングルチャンネル ビデオ、2014 年