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『トーマス・ルフ展』

『トーマス・ルフ展』

トーマス・ルフが切り拓く写真表現の新しい地平

16 8/09 UPDATE

ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻に学んだ「ベッヒャー派」として高く評価されている写真家、トーマス・ルフ。日本の美術館では初めての本格的な回顧展が開かれる。初期作品から初公開される新作まで、彼の全貌を見ることができる個展だ。

トーマス・ルフが注目を集めるきっかけになった作品の一つに、「ポートレート」と呼ばれるシリーズがある。正面を向いた男女の胸から上を捉えた写真だ。しかし、その写真は約2メートルもの大きさに引き伸ばされている。普段よく目にする小さなポートレートでは私たちが見ているという感覚が強いが、これだけ拡大されると逆に写真の中の人物に見られている感覚に陥る。同じ写真でもスケールが変わることで異なる意味を帯びるのだ。

ルフはその後、自分が撮影したものではない写真を素材にするようになる。NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙探査船が撮影した画像を素材にしたシリーズはその一つだ。ルフの写真では惑星などがその実体から離れて幾何学的な様相を見せる。色とりどりのパターンが幻惑的な「Substrate」シリーズは日本の漫画やアニメをコンピュータに取り込み、もとの画像がわからなくなるまでデジタル加工を繰り返したもの。絵に込められていたストーリーも登場人物の感情もはぎ取られて、抽象的な視覚体験だけが残る。自分が見ているものは何なのかという問いを観客に突きつける。

さらにルフは、レンズを通さない写真の可能性を探求し始める。「フォトグラム」とはもともと、暗室内で印画紙の上にさまざまなオブジェを置き、直接光をあててものの影などを定着させる技法だ。「Photogram」はそれをコンピュータ上で行い、色や形を自由に操作したもの。2008年から始められた近作「zycles」はさまざまな数式がつくる線形をコンピュータ上の三次元空間で再構成し、二次元の画面に変換した。19世紀イギリスの物理学者、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの著書の図版にインスピレーションを受けたものだという。

「press++」シリーズはかつて新聞社などで使われていた紙焼写真とその説明文を素材にした最新作。今回の個展では日本の新聞社から提供されたプレス写真をもとに制作した作品も発表する。世界初公開となるものだ。

作品のセレクトや構成にはルフ自身も参加、東京会場では約125点、金沢会場ではさらに規模を拡大して約160点の作品が並ぶ。ルフが切り拓いてきた写真表現の新しい地平が見える。

text: Naoko Aono

『トーマス・ルフ展』
会期:8月30日〜11月13日
会場:東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3−1
tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
10:00〜17:00(入館は16:30まで)
月曜休(9月19日、10月10日は開館、翌火曜休)
一般1600円
http://thomasruff.jp

12月10日〜2017年3月12日、金沢21世紀美術館に巡回

1トーマス・ルフ《Porträt (P. Stadtbäumer)》1988年
C-print 210×165cm
2トーマス・ルフ《w.h.s.01》2000年
C-print 185×245cm
3トーマス・ルフ《cassini 10》2009年
C-print 98.5×108.5cm

©Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016