09 9/09 UPDATE
以前当欄で『作家の家』という書籍を取り上げましたが、あらゆる意味で、こっちのほうがすごい本かもしれない。本書に収録されたのは、絵画、彫刻、写真など、世界各国のアーティストたち。それも、超一流どころか、二十世紀の後半を象徴するような、すさまじい面々ばかり。表題となったダリ、ミロ、シャガールをはじめとして、キリコ、バルテュス、リキテンシュタイン、セザール、岡本太郎、ナム・ジュン・パイク......そのほか、多数。これら綺羅星のような顔ぶれの「アトリエ」を訪れて、そこでアーティスト本人や、アトリエが撮影された写真がおさめられている。
さらにすごいのが、フリーの写真家である著者が、「自らアポイントをとって」これらの巨匠をくどき落とし、たった一人で乗り込んでいった、ということ。各アーティストの項ごとに、インタヴューはもちろん、「取材秘話」めいたレポートも記されていて、それがまた、滅法面白い(執拗にギャラを要求するダリを、いかにしてくどいたか、とか)。
であるから、ここに収録されている写真は、『作家の家』にあったような、インテリア写真としてもばっちりな、据え物撮り的なものではない。もっとライヴ感が高いもの。突撃取材調、といえばいいか。アトリエや、そこにつらなる生活空間にカメラが入ることで、驚いたり、とまどったり、不機嫌そうになったり(これはダリ)、そんな「巨匠」の生の表情と、その背景となった創作の現場、それぞれに血が通っている──そんな写真群だ。そしてもちろん、それらの写真はカラーで収録。それで新書版で、この値段(1050円!)なのだ。「すごい本」としか言いようがない。
登場している巨匠たちのうち、すでに鬼籍に入った人たちも、すくなくはない。著者が取材をスタートさせたのは70年代。つまり逆に言うと、二十世紀の終盤には、こんなにも多彩で、個性的で、巨大な存在感を放つ美術家たちが、この地上で同時に生きていたわけだ。そんな豊穣だった時代のサブテキストとして、「肉の身を持っていた」巨匠たちの姿をカメラアイでとらえた本書は、きわめて貴重な一冊だといえる。これぞジャーナリストの仕事といえる好著。
Text:Daisuke Kawasaki (beikoku-ongaku)
『アトリエの巨匠に会いに行く』
南川三治郎・著(朝日新書)
¥1,050[税込]