09 9/20 UPDATE
日本における昨今のコルビュジェ・ブームのお陰で、ついに出た! そんな一冊が、このたび初邦訳となる本書。彼の業績の中でも、とくに軽視されがちだった──いやほんと、椅子の話なんかより、こっちのほうが全然重要なのに──そんな超ド級の巨大プロジェクト、その全貌を記した唯一の公式書籍がこれだ。
そのプロジェクト「ムンダネウム」は、未完に終わった。しかし、これはどう考えても「未完に終わらざるを得ない」ようなプロジェクトでもあった。「ムンダネウム」というのは、馬鹿げたスケールの都市計画でもあった。国際連合があるジュネーヴをその舞台に、まず、ひとつの博物館を作る。ピラミッド型のそれは、世界博物館であり、世界大学であり、世界図書館や国際機関のオフィスと螺旋構造で繋がって、その周囲に「無限に広がってゆく」......古代のアレキサンドリアの図書館がそうであったように、世界中の英知を一カ所に集約、整理分類する拠点としての「ムンダネウム」。そして、そこから広がってゆく、知と相互理解と協力体制こそが、恒久的な平和と発展を人類にもたらす──。
どう考えてもこれは、SFの発想だ。ゲームやアニメやPCの中でしか実現できないような、異様に巨大で、そして理想主義的なプロジェクトが、この「ムンダネウム」だった。「機能的な」建築と都市を作ることによって、人類の未来をもデザインしようとしたわけだ。その背景には、第一次世界大戦がある。かのトールキンに『指輪物語』を書かせることにもなった、人類初の近代戦争によって蹂躙された欧州において、その戦後、とんでもないスケールの「理想」を旗印に、歴史に挑もうとした文化的ドン・キホーテたちの姿が本書にはある。
この構想の途端となったのが、書誌学の権威であるオトレによる「デューイ十進分類法」だったという点も、きわめて未来的だ。卑近すぎる例でいうと、それはレコード店の「棚の作り方」から、全人類の知と芸術の拠点と恒久平和をイメージするような行為だろう。ほんの百二十ページほどの小体な本書ではあるが、そこに込められたイマジネーションとソウルには、いまもってなお、読む者の心をゆさぶるものが大量にある。「いつも心にムンダネウム」と標語のように唱えたくなる。コルビュジェの手になる図版も多数収録。
Text: Daisuke Kawasaki (beikoku-ongaku)
『ムンダネウム』
ル・コルビュジェ&ポール・オトレ 著
山名善之&桑田光平 訳
(筑摩書房)
¥2,625