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世界史 (上・下巻)

世界史 (上・下巻)

突如驚異的なブームを起こしている、「人類の文明史」が収まった英米で定番の名著

12 5/21 UPDATE

東大の生協で人気がある、ということで火がついて、すでに50万部近く売れて、全国の書店の文庫本ランキングの一位も獲っているのだという。原著の底本が60年代の発行であり、この文庫版の発行も08年であることを考えると、驚異的な数字だと言える。まさしくいま「ブーム」の本がこれだ。

本書は、シカゴ大で教鞭もとっていた歴史学者のマクニールが世界史について著述したものだ。米英では定番すぎるほどの名著として、広く知られていた。その最新版の完訳本がこの上下巻の文庫本となる。なによりもまず、本書は「読んで面白い」。そのポイントは、「人名の羅列が主体ではない」ところにある。「人が成したこと」にこそ焦点をあてて、人類の歴史が動いてゆく様をきわめてダイナミックに描くことに成功しているところ。これがエキサイティングなのである。

たとえば、日本の学校の教科書であれば、「鉄器の普及」はただそれだけ、一行にも満たない出来事としてしか語られない。しかし本書は「それが世界をどう変えたか」について、縦横に描破をしていく。農耕技術の発達が、キリスト教の誕生が、「いかにして」人類を揺り動かしてきたのか、片やイスラムは......これを大河ドラマと呼ばずして、なんと言おう。どこからどうやって、人類の文明が「ここ」にひとまずは至っているのかについての、壮大なるドラマが本書にはある。この、たった二冊の文庫本のなかにまとめられている。奇跡的と言わずして、なんと言えばいいのか。

これは僕だけではないと思うのだが、受験の際は「楽だから」というだけの理由で日本史を選んだ。人名と年号の羅列を棒暗記すればいいのが歴史の試験だったから、世界史のカタカナよりも漢字を使用している日本史の人名のほうが、グラフィカルで憶えやすかったからだ。そんな日本の歴史に対しての記述は、本書においては、きわめて少ない。世界史という大樹のなかでは、おそらくは小枝一本分ぐらいしか、日本の歴史の存在感はない、ということだ。著者のこの判断は、僕には妥当と思えるのだが、これに気分が悪くなる人は、本書を手に取るべきではないだろう。

村上春樹作品には、世界史好きのキャラクターがよく出てくる。歴史とは物語の宝庫である、という考えがまずひとつあるからなのだろう。あともうひとつは、「日本という井の中の蛙」にならないためには、世界史の認識という通過儀礼が日本人には絶対に必要なのだ、という意識もあるのではないか。

本書を読んでも、世界史の試験の点数が上がることはないかもしれない。しかし僕のように学校の授業をさぼっていた(いる)者ほど、「人類の文明史」とはこれほどまでに面白かったのか、と感じ入ることができるはずだ。

text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)

「世界史」上・下巻
ウィリアム・H・マクニール著
増田義郎、佐々木昭夫 ・訳
(中公文庫)
上下巻各 1,400円[税込]