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アメリカン・ミュージック・トレイル ロサンゼルスからシアトルまで

アメリカン・ミュージック・トレイル ロサンゼルスからシアトルまで

地誌から学ぶ、立体的な「ロックンロールの歴史と人物」の参考書

13 11/11 UPDATE

ロックンロールの名所・旧跡をたどる旅としての「トレイル」。米西海岸、南カリフォルニアのロサンゼルスからシアトルまで、途中にサンフランシスコ、オレゴン州のポートランド、そのほかの小さな街も押さえつつ、「訪れるべき場所」の数々をピンポイントで示してくれる、そういう一冊だ。

本書の最大の美点は、その構成がわかりやすいところ。全ページ・フルカラーで、豊富な写真とテキストにて、各スポットが的確に紹介されている。その手法はまるで、いまの日本じゅういたるところに氾濫している、お店やスポットなどを紹介したペイド・パブリシティが詰まった雑誌やフリーペーパーの、とてもよく整理されたヴァージョンのようだ。しかし言うまでもなく、「ロックンロールの名所・旧跡」の紹介が広告のわけはない。著者の知識と経験、情熱による取材の成果が「きわめてわかりやすく」展開されているということだ。

本書で紹介されている場所の区分は、たとえばこんな感じだ。まず、有名なライヴ・ヴェニュー、クラブ、ロック・バー、レコーディング・スタジオ、ミュージシャンが常宿にしていたホテル、博物館、レコード・ジャケットの撮影場所......などなどあるのだが、特筆したいのが「ミュージシャンのプライヴェート・スタジオ」や「自宅」が紹介されていることだ。といっても、ハリウッドの街頭で売られている「スター・マップ」じみた(つまり、外から眺めるような)紹介だけではない。著者との関係性ゆえなのだろう、ジャクソン・ブラウンが、ハービー・ハンコックが、自らが案内するという形で、スタジオの内部を取材させているのには驚いた。あるいは、ボズ・スキャッグスが実業を成功させていることは聞いていたのだが、サンフランシスコのグレイト・アメリカン・ミュージック・ホールの現オーナーが彼だったとは知らなかった。19世紀調の壮麗な内装と、居心地のよさで、市内のビッグ・ヴェニューでは、僕はここをいちばん好んでいたのだが......もちろん、ボズのスタジオやワイナリーも本人によって紹介されている。

本書の見どころは、著者の思い入れの部分にある。名所・旧跡がまんべんなく取り上げられているようでいながら、なかでもとくに重心がかけられているのが、いわゆる「ウェスト・コースト・サウンド」関連のスポット。70年代の初頭から77年ごろまで、一斉を風靡したあのムーヴメントが生まれた場所として、グレン・フライ(イーグルス)、キャロル・キング、フランク・ザッパらが生活していたローレル・キャニオンが紹介されている。また、スポット紹介とは別立てのコラムで、「アサイラム」レーベルを作ったデヴィッド・ゲフィンのストーリーもまとめられている。一般的な音楽書や雑誌では望むべくもない、地誌から学ぶ、立体的な「ロックンロールの歴史と人物」の参考書として、本書を位置づけることは可能だろう。

それだけに、片仮名による固有名詞の表記にミスがあるのはいただけない。「Stephen」は英語圏において「スティーヴン」と発音される(だから本書文中に一箇所ある『ステファン・スティルス』との記述は間違い。正しくは『スティーヴン』スティルス)。「Amoeba Music」は「アミーバ(あるいは、日本語的に『アメーバ』)・ミュージック」と書くしかない。本書文中の「アモエバ」とはだれも言わない。こうした類の瑕疵があると、全体の信頼度にも大きく影響しかねないので注意をすべきだ。

とはいえ、そうした点以外は、僕は本書をとても楽しく読んだ。また、そうなるだろうな、と、読む前から覚悟はしていたのだが、やはりそのとおりに、いま無性に旅をしたくなっている。本書を片手に、レンタカーを借りて、西海岸をめぐる旅に出かけたくなっている。

text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)

「アメリカン・ミュージック・トレイル
ロサンゼルスからシアトルまで」
桑田英彦・著
2,310円
シンコーミュージック