13 11/18 UPDATE
秀逸なる日本版タイトルとともに、興味本位で手に取ってしまう、「嘘みたいな話」の一冊──なのであるが、原著の英語版が登場した09年には「ついに出た!」と、斯界の一部で話題となった「スパイのためのだましテクニック」のマニュアルが本書。出どころは米国CIA、マニュアルの原典作成時は冷戦たけなわの50年代。そして、なにより特筆すべきが、肝心の「テクニック」を本書でCIAに伝授しているのが、伝説的なマジシャンのジョン・マルホランドだ、というところ。つまり「手品師のテクニック」を的確に学び、転用することで「周囲の部外者には知られない秘密の通信」をおこなったり、「隙だらけの人物に見せかける(=馬鹿のふりをする)」方法を習得したり、「人目を盗んで他人の飲み物に毒を入れる」ことだって可能なのだ──というアイデアが、具体的なテクニックをともなって、盛りだくさんに解説されている。
そもそも、マルホランドがCIAに伝授したテクニックやアイデアの数々、要するに本書の内容の中心を占める情報を記した書類は、公式には70年代に「処分」されたはずのものだった。それを著者のふたりが発掘して、分析したのだそうだ。「MKウルトラ」というのがマルホランドが参加した機密プロジェクトであり、この当時、CIAはかなりアグレッシヴだった。LSDどころか超能力も積極的に研究していた。その流れの一環として「マジシャンのテクニック」も学んだのだ......という、どこまで聞いても嘘のようなこの一冊、日本版の前書きを書いているのが、元内閣情報室長の大森義夫氏だったりするところが「本物」ぽくもある。
一説によると、日本では常時数百人のCIAエージェントが活動しているらしい。大使館付きの、つまり「半分表に出ている」人だけではなく、マスコミで有名なあの人もこの人もじつは正体を隠したエージェントなのだ──なんていう話も、よく耳にする。かくいう僕も「ではないのか!」と人から問われたことがある。つまり、広義の「マルホランド・テクニック」は、いまも世界中で使用続行中なのではないか、ということだ。「トリックとは人の目ではなく頭をあざむく」ことだとマルホランドは言う。その教えに沿った、ありとあらゆる「だまし」情報が、ネットと現実空間を隙間なく埋め尽くしているのが今日の世界なのではないか。ゆえに、本書が「嘘っぽい」というのも、じつはなにかの計略にもとづいているのでは......などなど、あらぬ深読みを深めれば深めるほど、本書の味わいはより増していく。
すべての通信は傍受され得る、らしい。あらゆる個人情報は、いかようにも補足され、追尾も可能であるらしい。そんななかでは、どんな人物であろうが、当人が自覚(知覚)すらできないところで、他者の目論見に沿った「政治的な駒」として使用され得るだろう。たとえば、古典的な意味での「正義感」や「熱意」を持って立ち上がり、社会的な運動に参加したつもりが、それが「まったく逆の政治的意図」のもとで利用されてしまう例など、枚挙にいとまがない。そしていったん「駒」となった者は、例外なく使い捨てられる。たんなるいち市民が、まるで大昔のスパイ映画のような、冷酷なるエスピオナージの網の目に容易にからめとられるのが、どうやら現代であるようだ。
であるなら、こちらとしても、「だまし」の知識は高めておいて損はない。そう考える人には、シリアスな意味で、本書は有益かもしれない。
カフェなんかで読んでいると、かなりお洒落かもしれない。
text: Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)
「CIA極秘マニュアル 日本人だけが知らないスパイの技術」
H・キース・メルトン、ロバート・ウォレス著 北川玲・訳
1,470円[税込]
(創元社)