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アート オブ ロバート・マッギニス : THE ART OF ROBERT McGINNIS

アート オブ ロバート・マッギニス : THE ART OF ROBERT McGINNIS

商業美術界にて最高峰を極めたアーティストによる初の日本版画集。

15 7/14 UPDATE

この内容を日本語版で、しかもこの価格で手にできるということを、まず言祝ぎたい。これはすごいことだ。

偉大なるロバート・マッギニスについて、なにから説明すればいいか。彼は商業美術界にて最高峰を極めた大家だ。巷間「マッギニス・ウーマン」と呼ばれる印象的な美女の姿を描き込んだその作品は、映画ポスターとして(40作以上)、そしてなんと言ってもペーパーバックの表紙絵(1200点以上!)として、世に送り出された。1940年代に端を発するそのキャリアは、そこから約70年を経た今日もなお継続中で、つまり、彼はまだ絵筆を取り続けている(!)。そんなスーパー・アーティストであるマッギニスの画集の、初めての日本版が本書だ。

マッギニスの作品で最も有名なものは、映画『ティファニーで朝食を』のポスター・アートだろうか。オードリー・ヘップバーンの長いシガレット・ホルダーと肩に乗った猫と横方向を向いた彼女の視線の、絶妙と言うほかないバランス――世界中のだれもが、この構図を記憶しているはずだ。007シリーズも忘れがたい。とくに『二度死ぬ』のアート、ショーン・コネリーと美女たちの入浴(?)シーンのインパクトは絶大だった。類い稀なる描写力に裏打ちされた写実性の高さ――これだけでも特筆すべきなのに、マッギネス最大の武器はそれではない。「写実的」ではあるが「現実のままではない」ところ。「現実とすごく似ている」けれども、どこにもあるわけはない、ちょっとばかり気持ちよすぎる「理想像」をこそ彼は描いた。これこそがマッギニスをマッギニスたらしめた。

それが最大限にあらわれているポイントが、絵のなかのマッギニス・ウーマンのポージング、彼女たちの身体と表情のディティールをデフォルメしていく際の、そのさじ加減の「絶妙さ」だった。これこそがマッギネスの作品における「スタンプ」となった。大枠ではたとえばノーマン・ロックウェルの系譜に分類されかねないような彼の画風が、それらと一線を画し得たのは、クールネスと言っていい、彼のこのイマジネーションの飛翔ぶりにあった。その感覚が遺憾なく発揮された逸品が、映画『ロールスロイスに銀の銃』のポスター・アートだ。写実性とデザイン性、三次元的空間の広がりとコラージュ、これらすべてが緊張感を保ちつつお互いの要素を引き立たせ、そして、ブラックスプロイテーション映画らしいファンキーさをも「あくまでもスタイリッシュに」伝えてくれるものだった。僕はこのヴィジュアルをほんの子供のころに見た。だからこんな大人になった。そして、マッギニスの綺羅星のような名作のそれぞれについて、同様の記憶を持っている人はこの地球上に数多くいるに違いない。

『ロールスロイス~』は、米作家のチェスター・ハイムズが原作で、黒人の警官コンビ、墓堀りジョーンズと棺桶エドが活躍するクライム・シリーズの一作だった。日本では早川書房から邦訳本が出ていた。だからマッギニスの「ペーパーバック仕事」については、「日本ハードボイルド界の父」こと、『探偵物語』の原作者でもある、翻訳家の小鷹信光さんがつねに熱心に紹介をされていた。だからそんな歴史的傑作の「現物」がかなり大量に本書に登場することは言うまでもない。さらにレア作も収録されている。インタヴューまである。僕がかかわる文芸誌『インザシティ』の十三集では、小鷹さんをお迎えして、マッギニスを含む「ペーパーバックの美女」についての特集が掲載される。そちらと併読すると、本書の読み味はより深まるのではないかと思う。

どうやら日本では、娯楽小説の表紙絵にジャパニメーション調のものを使うことが一般化してしまったようだ。つまり写実性を捨象することで、「悪い形で」現実からの逃避をしたかったのだろう。幼稚性の上に居直りたい、という頽廃的な衝動を止められなかったのだろう。そしてもう帰り道もわからなくなっている、のかもしれない。しかしアメリカには、こんな方法で、フィクションと「現実」のあいだをつなぎ続けていた絵師がいた。娯楽映画とペーパーバックが全盛だった時代に(あるいは、それ以降もずっと)、「夢の女」をあたかも現実と地続きのものとして、読者の掌のなかに降ろしてくることに腐心し続けたスーパーマンがいた。それがなんと幸福なことだったか、ということを噛みしめられる人にとっては、本書は最高の一冊となるに違いない。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「アート オブ ロバート・マッギニス : THE ART OF ROBERT McGINNIS」
ロバート・マッギニス、アート・スコット 共著 
大久保ゆう 訳
(マール社)
2,200円[税抜]