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「俺と悪魔のブルーズ」第5巻

「俺と悪魔のブルーズ」第5巻

伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンをモチーフにした漫画作品の最新巻。

15 8/24 UPDATE

著者の『監獄学園』という作品がヒットしているらしいが、僕は読んだことはない。読まないようにしていた、と言ったほうが正しいかもしれない。なぜならば本作の連載が中断されていたからだ。これを未完にして、大向こう受けのいいヒット作へと向かう、というメカニズムは理解できる。どこからどう見ても正しい。しかし、であればこそ僕は、ただひたすらに「これ」が出ることをだけ、待ちたかった。著者が新たに手掛けた、「ほか」のものには一切を手を出さずに――それから何年経ったのか(調べたら、約8年ぶりの最新巻ということだった)、半ば以上あきらめていたところのこのリリースを僕は素直に喜びたい。

本作は、1920年代末のアメリカ南部を舞台に、ブルースマンの「RJ」を主人公として描いた漫画作品だ。実在の――しかしその人生の大半は謎に包まれた、だからつまり伝説の――ブルースマン、ロバート・ジョンソンをモチーフにしたキャラクターが「RJ」だ。素朴な若い農夫で、ギターの腕もからきしだった彼が、あるとき「クロスロード(十字路)」にて、悪魔のような男と出会い、「取引」する。そして超絶的なギター・テクニックと音楽センスを手に入れるのだが、その代償として、悪夢のような日々が始まる......というのが、おおよそのストーリーだ。漫画的なイマジネーションの広げかたとして、実在のギャングスター「ボニー&クライド」のクライド・バロウを彷佛とさせる白人のちんぴらが、RJの道行きに同行することのケレン味と、「RJのギターのうまさ」を、見事に視覚的な説得力をもって表現するそのアイデア(ここでは詳しく書かない。ぜひ直接見てみてください)の妙味に、僕は深く感銘を受けた。そしてこの漫画の愛読者となった。

この時代のアメリカは禁酒法下であり、また同時に、大恐慌にも突入していった。そんな世相のなかを、RJとクライドは放浪していく。白人優越主義や暴力も行く手を阻む。本書では、追っ手から逃れた(はずだった)RJとクライドが「ジューク」にて危地へと追いつめられていく様が描かれる。Juke もしくは Juke Joint とは、アフリカン・アメリカンが集った簡素な酒場のことで、当然そこでは「ブルース」とダンスが重要な要素となる。ブルースマンだったら弾いてみろ、さもないと、と、店のこわいおやじ連中から詰め寄られたRJが本領を発揮できずに困り果てて、そして......というところが本書の見せ場となっているので、制作が再開されるにあたっては、ストーリーのちょうどいいところだったのかもしれない。

文句があるとしたら、「あっという間に」読み終わってしまうことだ。きわめて映画的な感覚のもと、読者を物語のなかに導引していくのが、本作における著者のスタイルなので、ほとんどストーリー内の時間経過そのままではないか、と思えるほどの速度で読み終わってしまう。読み手の視線は、コマとコマのあいだをダイナミックに突き動かされていく。もちろんそれはそれで楽しくもある、のだが......このあとまた8年も待たされたとしたら、それはどうなのか? また、巻末の解説がないことも不満だ。かつての永井隆さん(1巻)、鮎川誠さん(2巻)の名文と、作品の内容とは不可分のものだったと僕は感じる。ぜひこれは復活させてほしい。

といった点(および、ここまで待たされたこと)を除けば、ほとんど完璧なまま、あの漫画世界が再開され始めたことを告げる、素晴らしい一冊が本書であることは間違いない。とくに「追いつめられ中」のRJが、「これがブルースなのではないか」と考えて失敗するところ、その失敗の内容と心情が、なにやら現在の日本のミュージシャンの典型例のようにも見えて、僕はとても興味ぶかかった。あるいは、いまの時世のなかでの「日本人の表現」における、典型的な失敗をこそ間接的に撃ってしまった、そんなシーンだったのかもしれない。

こうして書いていると、どんどん続きが読みたくなってきた......。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「俺と悪魔のブルーズ」第5巻
平本アキラ 著
(講談社)
666円[税抜]