15 10/14 UPDATE
日本のアマゾンを見てみたら9万7千円とあった。海外でも米ドルでおおよそ700から1,000ぐらいのようだから、この価格はリーズナブルと言うべきだろう。もちろん安い買い物ではない。しかし、世にはときに、10万円近くを支払っても惜しくない本というものが存在する。本書もそんな一冊の、大判の見事な豪華写真集だ。
本書の主著者は、高名なロック・フォトグラファーであるミック・ロックだ。彼は1972年から73年にかけて、デヴィッド・ボウイのオフィシャル・フォトグラファーとして活動していた。この間に撮り溜められた膨大なショットの選りすぐりから、この一冊は生まれた。この期間のボウイは、本書の表題どおり、水平線から立ちのぼる暁光のごとき不世出のロックンロール・スターとして、英米のみならず、西側自由主義圏の果てまでをも震撼せしめていった。このときに彼のペルソナとなっていたキャラクターこそが「ジギー・スターダスト」だった。
72年に発表された、ボウイにとって5枚目のアルバム『ザ・ライズ・アンド・フォールズ・オブ・ジギー・スターダスト・アンド・ザ・スパイダーズ・フロム・マーズ』が、「ジギー」のお披露目となった一枚だ。「ジギー・スターダスト」とは異星からやって来たロックスターだ。その彼の興亡を描いたコンセプト・アルバムのとおりの世界観で、ボウイはこのあとのワールド・ツアーを展開していった。それが衝撃を呼んだ。グラム・ロックがここから誕生したのみならず、パンクやニューウェイヴ、ゴスや一部のコズミックなダンス音楽に至るまで、ポップ文化のありとあらゆる領域が「ジギー」から有形無形の影響を受けた。それほどまでに、このときのボウイは妖しい光を放っていた。そのファンタジーには、身を切り刻むほどの危険なセンチメンタリズムが満ち満ちていた。
そんな様子を、オン・ステージ、オフ・ステージ問わず、ボウイに密着して撮っていたのがミック・ロックだった。だから、真っ赤な髪をして、基本的に眉毛はなく、アイラインと真っ青なシャドーを塗りたくり、両性具有的で、新種の昆虫か草花のように痩せ、奇妙なコスチュームに身を包んだ「ジギー」こと、若き日のボウイが、ありとあらゆる「文化的障壁」を、ひょいひょいと飛び越えていく様がここに活写されている。こんなもののあいだにある「壁」を彼は越えていった。男と女、ストレートとゲイ、ファクトとフィクション、そして、「それまでのロックンロール」と「ジギー来航後の世界」――このときに巻き起こされた文化的衝撃の数々が、見事な印刷のもとで本書のなかに固着させられている。ちなみに、ここに収録された写真のうち約半数がこれまで未発表のものだ。
たとえばこんな例を想像してほしい。アレクサンダー大王の東征。紅海をまっぷたつに割るモーセ――こうした、人類史に残る(あるいは、人類の想像力の極限に位置する)出来事のあらましが、写真集という形で遺されていたとしたら、と想像してみよう。きっとそれは、とてつもない一冊となるはずだ。もちろん、本書はそれほどのものではない。だがしかし、これらのスペクタルと同質のものの、きわめて小規模のヴァージョン、とだったら呼んでもいいのではないか? ひとつの時代の「文化的激震」の刻印としてならば......と、そんな気分になってしまうほど、本書のなかで息づく、「かくあるべき」ジギー・スターダストの姿は蠱惑的だ。僕らの記憶に残っているはずの、20世紀の後半にあったひとつの特筆すべきオデッセイア、あるいはエクソダスの一部始終がここに収録されている、と言っていい。
本書にはいくつかのエディションがある。ボウイとミック・ロックのサインが入った、1,972部限定、ナンバリング入りのコレクターズ・エディションと、各100部限定の2種類のアート・エディションだ。後者には、ミック・ロックのサイン入りピグメント・プリントがそれぞれ1点、付録に付いてくる。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「The Rise of David Bowie, 1972-1973」
Mick Rock 著
(Taschen)洋書