16 2/22 UPDATE
書名のとおりの本であり、上・下巻の2冊で1セットとなっている。2016年度版の「世界遺産検定1級」を受ける人にとっては必携の公式テキストがこれ――なのだがしかし、そんな検定を受ける気はまったくない僕が書店で手に取って、読んで面白かった一冊がこれだ。「世界遺産」について、あるいは、人類がその名のもとに保護することを決意した、遺跡や景観、自然などの「顕著な普遍的価値」について、すこしでも興味ある人だったら、これ以上のガイドブックなはいだろう。
本書の最大の特徴は、「試験に出る」ような知識を読者がスムーズに蓄積できるよう、学習参考書のような作りとなっていることだ(ちなみに、同検定の過去問題集も、本書とは別枠で毎年発行されている)。さらに特筆すべきは、「学参なのに(いや、だからこそ?)」美麗なカラー写真多数で、的確にわかりやすく、「世界遺産の基礎知識」を伝えてくれるところだ。楽しみつつページをめくっているうちに、すらすらと「基礎知識」が頭に入ってくるところが、とてもいい。
対象となった世界遺産の数は、2015年までに登録された1031件。上巻では、東アジアと東南アジア、オセアニア、西アジアと南アジア、アフリカ、それから日本の世界遺産が掲載され、解説されている。構成がよく出来ている。地域だけで割って、機械的に順に掲載されていくわけではなく、テーマ性に沿って「横のつながり」にて遺産の性質を理解できるような作りなのだ。これこそが「すらすら頭に入ってくる」仕掛けの根本だ。「アジアの世界遺産」の項だと、「宮殿と庭園」のつぎは「城塞・城塞都市」、そして「都市遺跡」「霊廟と墳墓」へと進んでいく。まるで良質な(BBCが作ったような)ドキュメンタリー番組を見ている気分にもさせられる、そんな構成なので、リーダビリティはとてもいい。「読んで面白い」ということだ。ちなみに下巻では、「ヨーロッパ」と「アメリカ大陸」の世界遺産が対象となっている。これがすごくない、わけがない。「中米の植民都市」「新大陸のキリスト教とミッション」「大学と大学都市」など、下巻の見どころも数えきれない。
ときに僕は思う。いつの日か、地球じゅうのほとんどすべての場所が「世界遺産」に登録されればいいんじゃないか、と。そしてきっと、そんなふうになった地球に人類は住むことができないから、月か火星のシェルターに居住する。ときどき許可を得ることができた人だけが、厳重に管理されたマナーのもと、母なる惑星の「世界遺産」群をめぐることができる......なんて、どうだろうか。人類そのものの存在よりも、「世界遺産」のほうが、ずっと価値ある重要なレガシーとならねばならないと僕は考える。だからそんな夢想をする。
メディアを通じて報道される、とくに現代日本における、狂躁的とも言える「世界遺産登録ブーム」に、辟易している人は多いと思う。僕もそのひとりだ。「ユネスコのお墨付き」を、まるで「真のナポリピッツァ協会認定」や、ことによったら「As Seen On TV」と同程度と考えているかのような、あの動きだ。観光収入やら、経済効果が「期待できます」とかいうやつだ。盛大に公費を投入しては、「登録」に向けて活動するのだが、とどのつまりは、田舎の村おこし程度の動機だったり、政治的動機だったり――という、あの見苦しさから、世界遺産の真なる姿を見誤ってはいけない。そうした観点からも、この優れた参考書で「世界遺産のすべて」をいちど総覧してみるのもいいんじゃないか、と僕は思う。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「すべてがわかる世界遺産大事典 <上>
世界遺産検定1級公式テキスト」
世界遺産検定事務局・著
NPO法人 世界遺産アカデミー・監修
(マイナビ出版)
2,950円[税抜]