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大人のぬり絵、というものが、ちょっとしたブームとなっていることは知っていた。とはいえ、僕はこれまで、それに手を出すことはなかった。どこか躊躇させられるものがあったからだ。たとえば、書店によくある「ぬり絵」本が並ぶ一画。その前を通りかかるたびに僕は、「で、お前も塗りたいわけぇ?」などと、どこからか(本のなかから?)つねに威圧というか挑発されているような気がして――これまで二の足を踏んでいた(バカ?)。なので出遅れていたのだが、本書にてそれは解消された。これぞ、(僕のような理由で)ぬり絵本未体験だった人が手にするべき、「最初の一冊」なのだと言いたい。
ウィリアム・モリスについて、ハニカム読者には多くを解説する必要はないだろう。かつて当欄で僕は、彼の思想と哲学に焦点を当てた一冊『社会主義 − その成長と帰結』(晶文社)を紹介したことがある。モリスが提唱した「アーツ・アンド・クラフツ運動」こそ、その後のUK文化の、とくにカウンターカルチャーの基層を成した重要な考えかたのひとつだった。本書では、その彼の手で、あるいは指導によって誕生した、壁紙やテキスタイル・デザインのパターン、またはブック・デザインをもとに「ぬり絵の下絵」としたもの多数が収録されている。思想家、運動家であり、詩人であり作家であり、画家でありデザイナーでもあったモリスの、とくに「グラフィック/平面デザイン」に特化した作品集として本書を見ることもできる。しかも、「オリジナルの色を抜いた」ブラック・アンド・ホワイトの線画集として!――ここがまず、僕が強く本書に惹かれた理由だった。色を塗らずとも、見るだけで、その描線の軌跡を追うだけでもう桃源郷。そんな一冊がこれだ。
収録された作品のおもだったところは、まずは表紙にもなっている《いちご泥棒》から、《兄弟うさぎ》《やなぎ》《ジャスミン》といった有名作。それからフィリップ・ウェッブらとの共作である《森》などの、息を飲むようなあの大作だって「塗れよ」とばかりにここにある。モリス工房による《ジェフリー・チョーサー作品集》の装丁やページ・デザイン、あるいは《バラとあざみ》といった、もはや細密画と呼ぶべき線の連続には、溜息をつきつつ感嘆するほかない。ちなみに、巻末には収録作品一覧がカラーで掲載されているので、そこでオリジナルの色を参考にしてみることもできる。いずれにせよ、哲人にして才人の「モリスの美意識」を、自らの手でなぞっては体感していくことができる、秀逸なる「ぬり絵本」が本書だと言うことができる。
本書を遊びつくしたら、つぎは『アルフォンス・ミュシャのぬりえ』に挑戦してみようかと僕は考えている。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「ウィリアム・モリスのぬり絵」
ウィリアム・モリス 著
(エクスナレッジ)
1,300円[税抜]