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一家に一冊。これは本当、持っていて損はない。版元の惹句に「ありそうでなかった」グラフィック・デザインの教科書、との一節があった。まさにそのとおり。さらに付け加えるとしたら「あるべきだった」、そんな優れた人物名鑑が本書だ。
本書の副題であり原著名でもある「Graphic Design Visionaries」。この「Visionary」とは、「ヴィジョンを持っている人」という意味だ。グラフィック・デザイナーを集めたのが本書なのだから、単純にこの言葉は「アイデアをヴィジュアライズすることに長けた人」という意味にもとれる。しかしそれ以上に、「まだだれも見たことのない」ヴィジュアル世界を幻視することができた人、そして、その独自性によって、後進に大きく道を切り開いたイノヴェイター、だととらえるべきだろう。言うなれば、「世界グラフィック・デザイナー、スーパースター列伝」だ。そんな、まさに綺羅星のような75人(組)が、それぞれ4ページのなかで紹介されているのが本書。作品はもとより、当人の写真、コメントまでもが、コンパクトかつ洗練された「デザイン」にて掲載されている。本書のページをランダムに繰ってみて、それでどこにも目を留めることがなかったグラフィック志望者がもしどこかにいたとしたら、悪いことは言わない、「別の道を歩んだほうがいい」――そう言い切っていいほどの、これはすさまじい一冊だ。
名前を列記してみよう。グラフィック・デザイン黎明期のエドワード・マックナイト・カウファーやアレクセイ・ブロドヴィッチから、ミッドセンチュリー期の巨人、ブルーノ・ムナーリやポール・ランド、ソール・バスといった日本でも人気の高い面々。その日本からは田中一光、横尾忠則、そして亀倉雄策(「原子エネルギーを平和産業に!」もある)が登場。タイポグラフィ界からはネヴィル・ブロディ、雑誌デザイン界からはレオ・ライオーニ、そして個人的にとても嬉しかったのが、一連のスティッフ・レコード仕事から始まってパンク/NW時代のUK音楽デザインを劇的に進化させたバーニー・バブルスが収録されていたこと(イアン・デューリーのジャケがこんな本に載る時代が来るとは!)。音楽系からはピーター・サヴィルもいる。ヒプノシスもトマトもM/Mもいる。これらの顔ぶれが、クロノジカルに並んでいるのだから、編者はわかってらっしゃる――と言うよりも、「やはり英国の人なのだ」と僕は強く主張したい。デザイン誌『Grafik』のファウンダーでもあるキャロライン・ロバーツが本書の編著者だ。アメリカ製の音楽への偏愛と、ストリート・ファッションと、そしてデザインが、20世紀後半の沈みゆくあの老大国を蘇生させ、今日の繁栄へとブリッジしたのだから。
僕の実感として、東京においては、実店舗で洋書のデザイン書籍を手に取ることが、年々難しくなっていると感じる。であるからとくに、一種の「デザイナー・カタログ本」としての本書の価値は、今後どんどん高まっていくのではないか、と予想する。ここでまずチェックして、そして気に入ったデザイナーの個人作品集を購入してみる――そんな行動の足場として、本書はこの上ない一冊となるだろう。だって75人(組)なのだから。個別の作品集を一気に揃えてしまうことを考えれば、本書のコスト・パフォーマンスは驚異的だと言うほかない。まさに、一家に一冊。あなたがほんのすこしでもグラフィック・デザインに興味がある人だったら、なにを置いてでも手に入れるべき良書がこれだ。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「世界グラフィック・デザイナー名鑑 Graphic Design Visionaries」
キャロライン・ロバーツ 著
(スペースシャワーネットワーク)
3,800円[税抜]