honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

マクニール世界史講義

マクニール世界史講義

とっつきやすいことこの上ない、マクニールの入門書。

16 4/15 UPDATE

かつて僕が当欄で紹介した、ウィリアム・H・マクニール『世界史』上・下巻(中公文庫)を補完するもの、跡を継ぐもの、ある角度から要約したもの――それが本書だと言えるだろうか。著者が大学でおこなった三つの講義が、それぞれまとめられたものがここに収録されている。なにより、元が「講義」なのだから、言葉も平易で、とっつきやすいことこの上ない。マクニールの入門書としても、これはお薦めだ。

と僕が言うのも、あの名著『世界史』の日本版について、わかりにくいという声が少なからずあることを、最近知ったからだ。あれほど痛快なまでにわかりやすく、人類の歴史を総覧した書物は、世にふたつとないと僕は思うのだが......とはいえ、『世界史』に挫折したような人は、騙されたと思って本書を手にとってみてはどうか。

本書の第一部は「グレートフロンティア」。副題は「近代の自由とヒエラルキー(衝突する世界― 1750年まで/変容する世界― 1750年から)」。ここの主役は病原菌だ。人の移動によって、異質な文明圏が出会ってしまったときに起こる、大破壊と占領の経緯を、伝染病に対する免疫の「ある/なし」という側面から照射していく――これが「マクニール節」だ。「人が成したこと」の連続が大河ドラマのようなストリームになって、ひとつの明瞭な「歴史観」を紡いでいく、ところ。日本の世界史の教科書では絶対に知覚することができないものがここにある。事実のつらなり「だけではなく」、そこから「読み解いていくべき」ストーリーというものがそれだ。これこそがマクニール歴史学の根幹であり、本書はそのとば口にあなたを立たせてくれるはずだ。

第二部は「人間の条件」、副題は「生態学と歴史学の交差(文明化の原動力― ミクロ寄生、マクロ寄生、都市的変容/近代世界システムへ― ミクロ寄生、マクロ寄生、商業的変容)。第三部は「人間の営みにおける統制と破綻」。副題は「文明の破綻は避けられないのか」――どうです? 読みたくなってくるでしょう? といったわけで本書は、『疫病と世界史』や『戦争の世界史』といった、彼のその他の著作のダイジェスト版としても読むことができるだろう。

なるたけ若いうちに、可能なかぎり多くのマクニール(やトインビー)を読んでおくことを僕はお勧めしたい。とにもかくにも、いま現在のここ日本では、世界史どころか日本史ですら、存在を許される言説はただの一種類のものへと成り果てようとしているからだ。奇怪な歪曲に満ちた自己愛過剰の偏向した価値観にもとづいて「いない」ものは、学校教科書どころか世間一般からも排除されようとしている、と僕には見える。だから本書のような本は、読めるうちに読めるだけ、読んでおいたほうがいい。日本人だってこの広大にして豊穣なる人類文明の一員である、という自覚を、いついかなるときにでも、決して失ってしまわぬためにも。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「マクニール世界史講義」
ウィリアム・H・マクニール 著 北川 知子 訳
(ちくま学芸文庫)
950円[税抜]