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遡るとしたら紀元前数千年なのだという。地域も、ユーラシアからアフリカ、南北アメリカ、朝鮮半島、ギリシャ、イスラム圏......そして直接的には、17世紀以降のイギリス――産業革命で社会が一変してしまうまでの彼の地にはあった、朴訥で重厚な「生活実用品」としての陶器の一種がこの「スリップウェア」だ。「スリップ」とは、泥漿(でいしょう)と呼ばれる泥状の化粧土のこと。これによって装飾を加えられたた陶器がスリップウェアと呼ばれる。本書は、そんなスリップウェアについて、入門者から上級者まで、じっくりとその魅力に浸りきることができる一冊だ。
まず、写真がいい。美術館や個人の所蔵するスリップウェアの古作、その貴重きわまりないところを150点、フルカラーでしっかりと見せてくれる(裏まで見せてくれる)。ここまで集めた書籍は、一般書としては史上初なのだという。スリップウェアの制作技法もわかりやすく記してくれている。そして、「近代」の夜明けにおいて、歴史の彼方にいちどは消えようとしていたスリップウェアを発掘し、その魅力を広め、また自ら新作を生み出した人々の作品も掲載されている。ここが本書の最大の見どころだ。
まずはバーナード・リーチ、そして濱田庄司。つまり、ウィリアム・モリスの「アーツ・アンド・クラフツ」運動と、日本の民藝運動を結びつけた人々のなかから、この「スリップウェア復興」も始まったということだ。リーチと濱田がスリップウェアの魅力を「発見」し、イギリスのセント・アイヴスに日本式の登り窯を開き、失われかけた技法を再興させていった過程はとても興味ぶかい。彼らゆかりの地も本書のなかに登場してくる。そのほか、河井寛次郎、武内晴二郎、舩木道忠・研兒親子の作品も収録されている。
さて当欄の愛読者のかたなら、僕がモリスについては何度も書くくせに日本の民藝運動には冷淡なこと、ご記憶の向きもあるかと思う。その理由についてここに長く書く余裕はないのだが、じつにそのとおりではあって、ただ「例外」があるとしたら、それが「実用陶器」の類なのだ。僕は日本の伝統的な建築や美術、日本の料理にはあまり親しんだことがない。日常的に米を食べる習慣も、日本茶を喫する習慣もない。だがしかし「日本人がその再興に寄与した」スリップウェアという、まさに「泥くさい」ながらも愛らしいこれらの皿やボウルには、強く惹かれてしまうところがある。山田芳裕の『へうげもの』を愛読しているせいだろうか。
食事に使うとしたら、僕だったらバスクかモロッコ風の料理を合わせたくなる作がいくつかあった。イタリアンは基本的に合うはずだし、意外に東欧料理もいいかもしれない。もちろん和食にも合う、のだと思う。だから料理をする人にはお薦めの一冊でもある。インテリア・デザインのアイデアも得られるだろう。もちろん「食器好き」の人ならば、これを手にとらなければ嘘だろう――と、そんな具合に、いろいろな人に推薦することができる、まさに労作と言える充実の一冊が本書だ。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「スリップウェア: 英国から日本へ受け継がれた民藝のうつわ
その意匠と現代に伝わる制作技法」
誠文堂新光社 編集
(誠文堂新光社)
3,200円[税抜]