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『ワンダーラスト』

『ワンダーラスト』

マドンナらしい前向きかつ快楽主義的な明るさが
本作最大の魅力

09 1/23 UPDATE

世に「アーティスト」と呼ばれたり自称したりする人間はあまたいるけれども、この20数年トップクラスからずり落ちることなく、音楽のみならずマルチな分野であれだけの成果を残しながら、映画においても初監督でこんなの作られちゃっちゃあ、さすがに「格の違い」ってのを見せつけられるようなモノでありますわね。音楽にしろPVにしろ、例のスティーヴン・マイゼルとの写真集にしろ(あ、ヘルムート・ニュートンが撮った若い頃の写真も話題になったな)、多分に映像的感性に恵まれていると判ってはいたものの......なんかさぁ、これくらいのことは軽々とやれちゃいますよ、って感じなのだなマドンナ。

なんといっても危うさがない。巧いのだ。......などといえば、処女作だから当たり障りのない、穏当な線を走っちまったのかと思われるだろうけど、さにあらず。まぁ、まだまだ過激に突っ走ることもできたろうけど、題材も、語法も、一筋縄ではいかない多元性があって、とうてい無難な作品ってモノではない。

物語はその日の食い物にも困りながらも夢を失わない、現代ロンドンの「ラ・ボエーム」な奴らのハナシ(ならびに彼らの周辺人も含めた群像劇)だが、そこには卑屈さなどまるでなく、いや、あったとしてもそれは解消されるべきものであって、ここにはマドンナらしい信念、というか人生哲学というか、前向きかつ快楽主義的な明るさが横溢している。この元気の良さが本作最大の魅力でもあるのだけどね。

まず主役である"ロンドンのウクライナ人"AKに、あのユージン・ハッツを持ってきたのがいい。佳作『僕の大事なコレクション』で俳優としての個性も確証済みだが、その正体は知る人ぞ知るヴァルカン・パンク・ジプシー・バンド「ゴーゴル・ボルデロ」の首領でありますね。そんなカルトな男が、マゾ男の調教師として喰いつなぐミュージシャン/詩人役を豪快かつウサン臭く、でも一挙一動に溢れる知性も魅力的に、かつ生真面目にこなしてみせるのだ。

そんなAKと同居し、たまに女学生ルックで調教仕事のお手伝いをすることもある20代の女性ふたりも魅力的。ブロンドでロングヘアのホリー(ホリー・ウェストン)は16年間バレリーナを続けているがそれだけでは生計が立たず、AKの入れ知恵に影響されて、ストリップクラブのポールダンサーになる決心をする。ショートヘアのジュリエット(ヴィッキー・マクルーア)は医者になれという父の言葉に逆らって薬局で働きつつ(その経営者はインド人夫婦。旦那は彼女に一方的に劣情を抱いているが、彼もまた群像劇の重要なパートを担う)、いつかアフリカへ渡って飢餓状態の子供たちを救おうと店の薬をバクっている。

この3人、目的意識ははっきりしてるんだけど、その夢はいつ叶うとも知れぬもの。自分のほうが飢餓状態で、とりあえず暮らして行けるだけの金もない。AK曰く、そもそも「人間には善を求めるタイプと悪を求めるタイプがいるけれど、どちらもさほど違わない」のだ。そこで「堕落と知恵はコインの裏表だ」とばかり、クソだめの中で今日を生き抜く知恵として、堕落・悪徳といわれる道を選ぶのである。

やがてAKは「ゴーゴル・ボルデロ」を引き連れたライヴの場で、すべての者の未来を開け放つエネルギッシュな詩を叫び歌う。「ゼロから何かを創り出せ!」「見開かれて輝く目は、どこへ流浪しようとまだ探している。毒されていない心を!」......。

その詩は、AKの階下に住む自暴自棄の盲目詩人フリン教授(リチャード・E・グラント)の作「欲望の王(ワンダーラスト・キング)」にインスパイアされたもの。度外れてオプティミスティックな結末はあまりにもご都合主義だが、祝祭的に昂揚する空気の中、素晴らしく説得力を持つのである。もちろん、ライヴシーンに限らず、音楽の使い方も流石のセンス。とにかく悲嘆してるヒマがあったら突っ走れ!と檄飛ばされまくってるような映画なのだ。

Text:Milkman Saito

『ワンダーラスト』

監督:マドンナ
脚本:マドンナ、ダン・ケイダン
出演:ユージン・ハッツ、ホリー・ウェストン、ビッキー・マクルア、
リチャード・E・グラント、インダー・マノチャ
原題:Filth and Wisdom
製作国:2008年イギリス映画
上映時間:1時間24分
配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ

ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次ロードショー!

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