09 1/26 UPDATE
教授と学生、30歳離れた男と女の恋愛物語。......まぁ、そこだけ採り上げれば今どき珍しくもない関係だし、それくらいの年齢差カップルもごろごろいるけれど、コレはけっこうクる。男って生物のどうしようもない大人げなさも含め、観る者の年齢に関係なく(いや、トシ喰ってりゃなおさらではあるが)おかしくもあり哀しくもあり、やがてしみじみしてしまうのだ。
デイヴィッド・ケペシュはもう60代だが、老年期に至っても肉欲にこだわり続ける著名な作家・文芸評論家。TVの電波で、アメリカ移民史の端緒において清教徒に抹殺された乱交快楽主義者の集団について熱弁を振るうなど、いかにも反逆の世代の申し子といった感じのエネルギッシュな初老男性だ。妻とは早くに離婚し、息子とは気まずい関係のまま疎遠な状態が続いている。大学教授も長く勤める彼は、この15年来のセックスフレンドであるかつての教え子キャロラインをはじめ、自由な恋愛を楽しんでいる。
ちょっと前までは試験の合否にかこつけて教え子を口説くこともあったみたいだが(笑)、学内にセクハラ・ホットラインの張り紙が出されてからは採点後に親睦パーティを行うことにしているケペシュ。彼はそこで、かねてから心惹かれていた若くノーブルなラテン美女・コンスエラに近づいた。ゴヤ画集の「着衣のマハ」を見せ(ちらっとだけ「裸のマハ」のページも通過するのがいい)「君にそっくりだ」と口説きにかかる。ほどなくふたりは恋に落ち、やがて身体を貪りあった。若いコンスエラの肉体(とりわけ乳房)を美術品のごとく崇めるケペシュ。彼の熱情を受け入れ、溺れていくコンスエラ......。
でもケペシュはといえば、よせばいいのに過去の男性関係を彼女に尋ね、その無邪気な答えに嫉妬の嵐を燃え上がらせる。若い男に彼女を奪われる不安に苛まれ、「尊敬されているのは確かだが、私のcockが欲しいとは言わない」などと自己卑下の言葉を吐き、果てはストーカーまがいの行為まで......。
てなことが、終始ケペシュの独白とともに描かれていくのですね。「いくつになっても甘えんぼ」なオトコの独占欲の幼稚さ。さらにトドメを刺すように挟まれるのが、父を軽蔑していたはずの息子のエピソード。展開がもう意地悪すぎて笑ってしまうが、監督は『死ぬまでにしたい10のこと』のイサベル・コイシェ。女性である。だから"男性的感性"がより皮肉っぽく映っているとも思えるんだけど、ま、原作はフィリップ・ロスだし、僕は未読だがもっと毒っ気に満ちていると予想される。ケペシュに酷似したセックス観の持ち主でもあるしね。むしろコイシェはお手柔らかにみえる。まさしくコンスエラのように、オトコの身勝手さを客観的に、しかし愛情をこめて受け止めてくれているのだ。大人である。
そういう具合に、男女の機微の演出にも品があるのだが(ことにエロとピアノの関わらせようが巧い)、なんといっても素晴らしいのがキャスティングだ。ほぼ完璧といっていいんじゃないか。ケペシュ役のペン・キングズレイは、そのハゲ頭に性的エネルギーを、そのまなざしに知性と獰猛さを、その身体に迫り来る老年の哀しみをたたえ、コンスエラ役のペネロペ・クルスは知性と情熱に満ち、しかし常に冷静さを忍ばせる。なによりその裸身の美しさはケペシュならずとも感嘆すること間違いなし。ま、美しすぎてあまりエロくはないのだが(笑)、終盤ふたたびケペシュの前に現れたときのボーイッシュなショート・ヘアが(物語上の厳粛な意味合いとは逆説的に)僕にはかなりキました。
さらにキャロライン役パトリシア・クラークソンのくたびれた肉体も、息子役のピーター・サースガードの"クライシス"に直面したインテリのひ弱さもいい。だがもっとも素晴らしいのは、ケペシュの親友であるピュリツァー賞詩人ジョージ・オハーンを演じるデニス・ホッパーだ。若い女に溺れていく友人に、冷静沈着なプレイボーイ的助言を与え続ける60年代的知性をおそるべくナチュラルに体現。彼が今までにあまり演じたことのない役柄だが、おそらくホッパーの実像にもっとも近い。しかもちょっとしか出番はないものの、知ってる人は即座に反応するはずなのがホッパーの妻役。なんとデボラ・ハリーなのですね。おおお、趣味的なキャスティングだなあ......。
Text:Milkman Saito
『エレジー』
監督:イザベル・コイシェ
脚本:フィリップ・ロス
出演:ペネロペ・クルス、ベン・キングスレー、パトリシア・クラークソン、ピーター・サースガード、デニス・ホッパー、デボラ・ハリー
原題:Elegy
製作国:2007年アメリカ映画
上映時間:1時間52分
配給:ムービーアイ
シャンテシネ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
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