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『ロルナの祈り』

『ロルナの祈り』

これは狂気なんかじゃない。
紛れもなく「愛」なのだ。

09 2/13 UPDATE

工場を一方的に解雇されてしまったトレーラーハウス住まいのどんづまり少女。身体じゅうから怒りのパワーみなぎらせ、前のめりにどずどす歩く様子を超至近距離で追いまくる手持ちキャメラ......。壮絶な極貧描写と計算されたリアリズム映像で鮮烈な印象を残したのが『ロゼッタ』('99)だ。もう10年も前の作品になるわけだが、以降、これがベルギーの映画監督ダルデンヌ兄弟のトレードマークというべきスタイルとなる。

だが『息子のまなざし』('02)『ある子供』('05)と続き、まあ、一作一作が相当にエネルギッシュかつ緊迫感に溢れ......つまりは濃〜い映画だからでもあるけれど、ややマンネリ感が漂ってきていたのも事実。兄弟自身もそれを感じてか、この『ロルナの祈り』では撮り方がちょっと変わった。人物に過剰に密着せず、やや引き気味で、しかも固定ショットが多いのである。しかしそこはダルデンヌ、対象への肉薄度は相変わらず。いや、より内面にぐっさり切りこんでいくかのようだ

主人公のロルナはアルバニア人女性。同郷の恋人ソコルと幸福で豊かな生活を送る日を夢見つつ、ベルギー国籍を取得するためにベルギー人の麻薬中毒者クローディと偽装結婚している。すべて承知のうえでの契約であり、性的関係はもちろん愛情もそこにはない。しかしクローディは彼女を慕い、麻薬を断とうと試みるものの結局は売人を部屋に引き入れてしまう始末。愛してもいない男から頼りまくられ面倒みさせられるロルナと、性懲りもなく自分に負けて彼女に迷惑をかけてしまうクローディとの心の距離は離れていくばかりだ。

もうひとつ、ロルナにはクローディの麻薬断ちに積極的になれない理由があった。ふたりの"結婚"を仲介したのはタクシー運転手を装いつつ、闇で国籍売買のブローカーをしているファビオ。彼はロルナが国籍を取得できたらクローディを"始末"し、今度はベルギー国籍を欲しがっているロシア人とふたたび偽装結婚させようと目論んでいたのだ。もちろんクローディには内緒だが、ロルナとソコルはそれも納得済みなのである。

しかしクローディは一念発起、自ら入院を決意する。「そばにいてほしい」とすがる彼に,ロルナの心はゆらぎはじめる。そして彼の退院の日......彼女自身さえたぶん予期していなかったことが起き、そこから物語は驚きの展開をみせはじめるのだ!

かつて『イゴールの約束』('96)で外国人不法労働者を売買する父子を描いたこともあるダルデンヌだが、本作の「犯罪」もどうしようもない貧しさが背景にある故、逃げ場がなく、灯が見えない。冷酷に「仕事」を務めるファビオはもちろんだが、当事者であるロルナも、恋人を売ったも同然のソコルもまた犯罪の加担者なのである。本作はダルデンヌにはしては珍しくサスペンス的な要素がはっきりと見られるけれど、もちろん主眼はそこにはない。社会派的な問題意識はむろんあるものの、物語の背景以上のものでもなさそうだ。ずばり、中盤以降の映画を牽引していくのは、ロルナの内に生まれた「愛」なのである。

ただし、それが「愛」なのかどうか、観客だけでなくロルナさえも判然としないだろう。しかも、その「愛」の対象は......もうこの世からいなくなっている(!!)、あるいは最初からいない(??)ときたもんだ。

これは狂気か?......そうかも知れない。過酷な現実を生き抜くためにロルナの自衛本能が生み出した幻みたいなものなのかも。しかし観客はラストでロルナが見せる穏やかな表情を見て確信するだろう。これは狂気なんかじゃない。紛れもなく「愛」なのだと。

Text:Milkman Saito

『ロルナの祈り』

監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:アルタ・ドブロシ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンギオーヌ、アルバン・ウカイ
原題:Le Silence de Lorna
製作国:2008年ベルギー・フランス・イタリア合作映画
上映時間:1時間45分
配給:ビターズ・エンド

恵比寿ガーデンシネマほか全国にて絶賛上映中!

http://lorna.jp/