09 2/23 UPDATE
1928年のロサンゼルス。電話の交換手として働くクリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)は、9歳になる息子ウォルターをひとり手で育ててきたシングルマザーだ。子供という人生の「責任」に恐れをなして逃げ出した夫と違い、彼女は極めて理知的で近代的、かつ息子への深い愛情を持ったモダン・ガールである。
ある休日、クリスティンは息子とチャップリンの映画を観に行く約束を返上し、仕方なく急な勤務に出かけた。そして帰ってみると......留守番しているはずのウォルターがどこにもいない。誘拐なのか家出なのか事故に遭ったのか、何の手がかりもないまま、眠れぬ夜が続く5カ月間......。やがてウォルターが見つかったという報告がクリスティンのもとに。マスコミ総動員の中、停車した汽車から刑事と降りてきたのは......どう見てもまったく別の子供だった!
違う、といっても警察は「間違いない」の一点張り。なぜ、警察はクリスティンの話を聴こうとしないのか。この明々白々なミスを認めようとしないのか。果たして世界に、いったい何が起こっているのか?
クリント・イーストウッド78歳(!)の監督作は、こうした不条理極まるミステリーではじまる。これは脚本化J.マイクル・ストラジンスキーが、ロサンゼルス市庁舎で廃棄処分される寸前の当時の記録から攫い上げた実話だというけれど、なんとこの「取り換えっ子」劇は巨大な事件の発端でしかないのだ! 観客はいったいどこへ連れていかれるのか、行き着く先はどこなのか、この母親とともに地獄めぐりを体験することになるだろう。
どんな映画でもそうだけど、本作なんて特に何も知らずに観たほうが間違いなく、いい。どうしても知りたければネットで検索でもすりゃいくらでも出てくるだろうが、これが紹介記事である以上、僕はあまり書きすぎないのが礼儀であると思う。......ま、ここには当時のLA市警のどうしようもない腐敗が根っこにある、ってことくらい書いておいてもいいだろうか。
モノクロで始まりモノクロに回帰する枠組み、派手さを嫌った落ち着いた色彩、街並みから衣裳・メイクまで当時の空気をそのまま再現しようとする美術、堅実で鷹揚迫らぬ脚本とキャメラワーク、(アンジーとマルコヴィッチを除き)無名ではあるけれどもそれぞれクラシカルな風貌をたたえて印象を残す俳優たち......と、外面だけを採ればイーストウッド史上もっとも古典的な作品だ。ま、舞台が大恐慌前夜からニューディール政策施行後までの8年間だから、当然のことともいえるだろう。
しかし今、80年前に起こったこの物語に、何故これほどのエネルギーをもってイーストウッドが飛びついたのか。大恐慌時と現在との相似はよく語られることだが、これほど具体的に(といって直截的な対照はまったくなく、すべてが暗喩なのだが)それを表現した作品を僕は知らない。そしてイーストウッドはその突破口を、政治でも宗教でもなく民衆の...とりわけ立ち上がった女性の意志に見つけるのだ。
そういえばあの、この世を統べる暴力の根源を描いたともいえる歴史的傑作『許されざる者』('04)で老いたる無法者を立ち上がらせるのは、カウボーイたちに虐待され重傷を負わされた娼婦たちの寄せ集めた大金だった。『チェンジリング』でもやはり、虐げられたひとりの娼婦の強烈な意志がクリスティンに影響を与えることとなる。そう、本作はまさしく『許されざる者』や『ミリオンダラー・ベイビー』等と同系列に属するもの。時代と世界をまるごと捉え、現代へと鋭く照射させて観る者に考察を求める「全体小説」ならぬ「全体映画」なのだ。
Text:Milkman Saito
『チェンジリング』
監督:クリント・イーストウッド
脚本:J・マイケル・ストラジンスキー
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、
コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、
ジェイソン・バトラー・ハーナー、エイミー・ライアン、ジェフリー・ピアソン、
エディ・オルダーソン
原題:Changeling
製作国:2008年アメリカ映画
上映時間:2時間22分
配給:東宝東和
2009年2月20日より、TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー
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