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『ゼラチンシルバーLOVE』

『ゼラチンシルバーLOVE』

「覗く者」「覗かれる者」
決して出会ってはいけない関係性の上で成り立つエロスのドラマ

09 3/27 UPDATE

黒い皿の上に置かれた、つややかに光る半熟卵。細い指で丁寧に、殻と薄皮をひき剥がされたそれは、濃いルージュを塗った口元へとひとくち、またひとくちとゆっくり運ばれていく。どろりと溶け出す黄身。それをすくい戻す指先。

食べるという行為はダイレクトにエロスに繋がるが、キャメラは無遠慮なほどに、ひたすらアップで凝視しつづける。なにしろこれは「盗撮キャメラ」なのだ。この映画は「覗く者」「覗かれる者」両者の決して出会ってはいけない関係性の上で成り立つエロスのドラマ。それ以上でもそれ以下でもないのがいい。

ほとんど廃墟のようにみえるコンクリートの一室の窓際に三脚を立て、運河を隔てた全面ガラス張りの家にビデオのレンズを向ける男(永瀬正敏)。その家にはひとりの美しい女(宮沢りえ)がいる。オフィス? いや、たくさんの本が平積みされているが、そこで仕事をしている気配はない。男は三つのタイマーをセットし、定期的に彼女の姿を盗撮しつづける。毎日、キッチンで同じ時間卵を茹で、それを食べる女。ファッションモデルのように着飾り、外へ出かける女。夜,部屋に戻るとネコのようなヨーガのようなモダンダンスのようなダンス(?)をする女。そんな彼女を追いかけもするが、道すがらの花や風景をキャメラで撮りもする男......。

その淡々とした繰り返しを破るようにある事件が起こり、それが依頼人(役所広司)と女との関係を具体的に示しはするのだけれど、この映画にとってそれは、かろうじて文学的な「物語」を維持するためのものでしかない。観る者は、男の部屋の壁の青く剥げた塗装であるとか、天井から落ちる水滴であるとか、部屋に反射する運河の水のゆらめきであるとか、そしてもちろん卵を食らう女の仕草であるとか、ひとつひとつの画面に盛り込まれた映像ごとの「物語」を読みとっていく快楽を味わうべきなのだ。

それだけの情報量が、この映画の「画」にはぎっちりと詰まっている。監督は写真界の大御所、繰上和美。CMやPVの実績はあるとはいえ、なぜ今まで本編を手掛けなかったんだろうと勿体なくさえ感じる圧倒的なクリアさだ(もちろんそれは暗闇さえも明晰に捉えるといった意味で)。とにかくこれは大画面で浴びるように観る類いの映像。こぼれる黄身を真っ赤な唇にすくい戻す宮沢りえの指先に悶絶するための90分だ。

Text:Milkman Saito

『ゼラチンシルバーLOVE』

監督:操上和美
脚本:具光然
出演:永瀬正敏、宮沢りえ、役所広司、天海祐希、水野絵梨奈、香月さやか
製作国:日本映画
上映時間:1時間27分
配給:ファントム・フィルム

http://www.silver-love.com/

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