09 6/22 UPDATE
160分もある映画なのだ。かといって大作でもなく、アクションもなく、SFXもない、ささやかな青春映画。かなり複雑な感情が交錯しはするけれど、印象的にはとても爽やかなド直球の青春映画である。
ともあれ、ぜんぜん退屈しない。タイというお国柄もあって(?)ゲイ的要素は大いに関わってくるが、女の子はみんな可愛いし、音楽もなかなか素敵だし、それでいて、ほの暗いものが通奏低音にありもする。要するにドラマティックなのだな。
監督のチューキアット・サックウィーラクンはまだ25歳くらいなのだけれど、このあいだここでも採り上げた超絶ガーリー・アクション『チョコレート・ファイター』の脚本も手掛けた俊英。あの映画のピンゲーオ監督は彼のことを「タイ映画最大の弱点であるドラマを書ける人物」と僕に語ったが、本作を観るとそれも大納得。登場人物すべての心理の綾が、理屈ではなく体感的に、素直に受け取れるのだ。
タイ本国では熱狂的大ヒット(それを受けて公開された、たしか3時間半くらいのディレクターズ・カットも大ウケしたという)、日本でも昨年の「アジアフォーカス福岡国際映画祭」そして今年春の「大阪アジアン映画祭」で上映され、ともに観客から大好評を得たことからしても(その時のタイトルは『サイアム・スクエア』。僕はどちらも居合わせた)一般にアピールするだけの普遍性は保証付きだ。こういう傑作をちゃんと公開しなくてどうする、ってんだよ!
物語の軸となるのは、大親友の男子ミウとトン。ミウはおばあちゃんと二人暮らしの寂しい少年。トンは両親と姉のテンで和やかに暮らす4人家族(ちなみにクリスチャンだ)。ミウが学校でいじめられたら、敵いっこない相手に突っかかって殴られてくれるほど侠気のあるトンだった。
ところがある時、トンの姉テンが、チェンマイのジャングルに遊びに行ったきり行方不明になってしまう。ホントに、理由もなく、事件性も判然とせず、それっきりぷっつりいなくなる。その出来事を機にトンの家族は引っ越していってしまった。
......そして高校3年になった年、バンコクの繁華街サイアム・スクェアでふたりは再会する。トンの家庭は「出来事」以後、崩壊状態。ミウはおばあちゃんが亡くなってからも自立して、高校生ロックバンドの作曲・ヴォーカルで才能を羽ばたかせ大人気、インディーズCDが売り切れる勢いだ(この楽曲を監督自ら書いているのだが、アレンジを凝らしたブラス・ロック的なものでなかなかにカッコいい)。
幼年時代「ふたりでひとつ」だったふたりは、すぐに互いを重要な存在だと認めるようになる。ただ、トンにはドーナツという可愛い彼女がいるのだが(ただし、彼女に対してあまりにもそっけない)、ミウはというと......。トンへの友情が明らかにホモセクシュアル的な恋へと変容していたのですね。しかも、ミウの彼女になりたくってストーカーまがいの行動にまで出ちゃうジンという女の子(これまた可愛い)とか、ミウのバンドのアシスタントで失踪したっきりのトンの姉にそっくりなジューン(当然、可愛い)とかが現れたりして......。
こんな同世代の男女4人(+姉なのかどうだか判らないジューン)が、直截的なセックス行為は一切ないまま、ジェンダーのテストケースのように感情バトルを演じるわけ。
観る者はきっと、トンとミウの関係がどういう形を結ぶのかずっと気になるはずだ。おそらくヘテロなトンが、はっきりとゲイなミウに○○しちゃったりするから余計にややこしくなりもするし、結末のギリギリまで着地点が判らない。思春期は異性愛と同性愛の境が至極あいまいだとはよく云われることだけど、そのキワキワなところをこれほどナイーヴかつヴィヴィッドに扱った映画はあまりないんじゃないかな。もちろん、どうしようもなくヘテロな僕のような者(笑)には、ふたりを囲む女性たちのキュートさゆえにさらに乱されちゃったりするし、失踪した娘そっくりな女性が突然現れたトンの家族の物語もしっかりと広がりをみせてくれる。
なるほど、160分てんこもりなのだ。観た後、それぞれの心に集約する部分は異なると思うけれど、そうした多様性を認める要素がしっかりと詰まっている。いま現在の僕たちをとりまく様々な「愛」の在り方について柔らかに問いつめた、そうとう高度な傑作なのだ。
Text:Milkman Saito
『ミウの歌』
監督・脚本:チューキアット・サックウィーラクン
出演:ウィウィシット・ヒランヤウォンクン、マリオ・マウラー、ガンヤー・ラッタナペット、アティチャー・ポンシンピパット、シンジャイ・プレンパーニット、チャーマーン・ブンヤサック、ソンシット・ルンノップクンシー
原題:Rak haeng Siam
製作国:2007年タイ映画
上映時間:2時間34分
配給:アナコット
東京・渋谷シネマ・アンジェリカ(6月20日より2週間上映)
大阪・九条シネ・ヌーヴォ(6月27日より2週間上映)
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