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『人生に乾杯!』

『人生に乾杯!』

アウトローな老夫婦が巻き起こす紳士的な強盗劇

09 6/30 UPDATE

国によって事情はさまざまだが、自由主義経済国家の社会保障問題は程度の差こそあれ変わらないようである。

本作の舞台は現在のハンガリー。ご存知のようにハンガリーはかつて社会主義国家だった。主人公は老夫婦、夫のエミルは81歳、妻のヘディは70歳。1950年代末の体制まっただなかに奇妙な運命で結ばれた、もと諜報機関の運転手と、ブルジョワ一家の娘のカップルだ。ヘディの一家はおそらく共産党に睨まれて粛正されたのだろうが、エミルは小物であるとはいえ体制側の人間、そのまま社会主義が続けば老後も悠々自適、安泰のはずだった。しかし......時は移り時代は変わって自由主義経済国家へと移行したハンガリーでは、保障制度の改悪やEU参加の弊害もあって、とても年金だけで暮らしていけない状態である。

アパートには毎日のように借金取りがやってくる。おまけに夫は足腰を痛め、妻は糖尿病でインシュリン注射が欠かせない。いまの生活に疲れ、愛し合っていたことなど忘れはてた夫婦のアパートには、よそよそしさと諦めと沈黙が漂っている。しかし夫の蔵書を借金のカタに取られそうになったヘディは、ふたりの想い出の品でもあり、彼女の最後の誇りでもあるダイヤのイヤリングを借金のカタにしてしまうのだ!

それを知った夫のエミルの心は静かに、しかし激しく燃え上がった! その夜、かつて共産党員しか買えなかったソ連製リムジン・チャイカに乗って姿をくらましてしまう。そして翌朝、郵便局へ。窓口に並ぶ。順番が来る。するとポケットから古いトカレフを局員に突き出すエミル! そうしてまことに紳士的に、いともあっさりと大金をせしめてしまうのだ!

とうぜんすぐにニュースになる。監視カメラの映像もTVで報道される。妻のヘディは勿論のこと、ご近所さんだって判っちまう。警察だって、まあちょっとだけ時間はかかるけれど犯人を特定する。その後も着々とエミルは郵便局だの銀行などを襲い(っても非暴力的に、屁のように易々と)そのたびに電気代払い込んだり、いいTVを買って家に送ったり(笑)。

そのうち警察はヘディを連れて説得に向うのだが......彼女はというと、幾十年ぶりに甦った夫の凛々しい姿にすっかり愛を甦らせていたのですね。ふたりは警察の手をかわし、愛車に乗り込んで逃避行。ボニー&クライドも真っ青の老人強盗カップルとなるのだが、はてさてふたりの運命はいかに?

老人強盗映画というと、'79年の傑作『お達者コメディ/シルバー・ギャング』を思い出すが(って日本ではけっこうレアだろうな、この未公開映画のビデオ)、これも負けず劣らず上出来だ。面白いのはこの老夫婦に次第に世論の同情が集まり、はては年金政策に対する大規模デモまで起こったりすること。あげくはふたりを追う男女の刑事カップル(ま、このふたりのあいだにもいろいろと愛情のもつれがあるみたいなんだが)も、老夫婦がなぜこんなにブチ切れた行動に出たかを理解するようになっていく。

はるかに紳士的ではあるけれど、社会にモノ申すアウトローたちに寄せる共感はまさしくボニー&クライド、つまり『俺たちに明日はない』。終盤にも直截的な引用として『バニシング・ポイント』そのままなシチュエーションが現れて、キタキタキタキタとわくわくさせてくれるけれど(笑)、作り手が'70年代のアメリカン・ニュー・シネマを意識しているのは明白だ。音楽までばりばりのスライド・ギターのブルースが鳴ったりするのもハリウッド映画的クリシェでしょう。かつての反体制的アメリカ映画の記憶を引用することで、アメリカ的新自由主義に毒された現体制を告発する。これはなかなかシャレたやりかたなのじゃないかな。

Text:Milkman Saito

『人生に乾杯!』

監督:ガーボル・ロホニ
脚本:バラージュ・ロヴァシュ、ジョルト・ボジュガイ
出演:エミル・ケレシュ、テリ・フェルディ、ユディト・シェル、ゾルターン・シュミエド
原題:Konyec
製作国:2007年ハンガリー映画
上映時間:1時間47分
配給:アルシネテラン

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