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夜のロンドン、宵闇のタワー・ブリッジ直下。黒い影を石畳に延ばし、蹄の音を響かせて巨大な馬車がやってくる。「Dr.パルナサスの幻想館(イマジナリウム)」と看板された馬車の側面がドンガシャンと開くと、現れるのはなんともバロックな書き割り舞台に無国籍な風体の老人、顔も目もおっぱいもまん丸い幼女のような娘、そしてこびと。若い道化が「あなたの欲望を見せてさしあげる」と口上すれば、そこへ乱入するのはクラブ「メデューサ」から出てきた泥酔客...。
え、クラブ? そう、これはまぎれもなく現代の物語。しかし時代性はさほど重要じゃない。一座のリーダーであるパルナサス博士はワケあって不死を獲得した男。舞台上に置かれた「鏡」の中に入ってしまった客は、トランス状態になった博士と脳内で繋がって、自分のいちばんの願望づくしの世界(ぜいたく、酒、ゲーム...とそろって俗っぽいんだけど)を否応なく体験させられることになる。だが実はその世界、博士と悪魔とが客の魂をやりとりする場でもあるのだ!
ファウスト神話と「さまよえるオランダ人」伝説、さらには異形ファンタジーの逸品チャールズ・C・フィニーの「ラーオ博士のサーカス」をミックスしたような物語。そこに深くまとわりつく不死だの死だの魂だのといったテーマを、本作は期せずしてより実感させるものとなった。そう、この一座にほどなく加わるヒース・レジャーの、撮影途中での死。引き継いだのはジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルという親友3人、ヒース演じるワケあり男トニーが"心で願った姿"として鏡の世界で変身する、というおそらくは苦し紛れの設定だが、これが作品のバラエティ度を増しているのはケガの功名か。なにしろこのメジャー感たっぷりなキャスティングに比すれば、あまりに猥雑、あまりに放縦、雑然として論理性稀薄な作品なんだから。しかし、そこんところこそ美点なのがギリアムの映画。絵本のようにペラペラで、湯水のように浪費されるCGも、その過剰性ゆえに素晴らしい。
そもそもこんな「災難」など、監督テリー・ギリアムにとってはもはや当たり前のことに思えるから恐ろしいではないか。『未来世紀ブラジル』('85)ではエンディングをめぐりスタジオ側と闘争。『バロン』('88)ではいい加減なプロデューサーの予算管理で大コケ。いったんは撮影に入った『ドン・キホーテを殺した男』は冗談のようなトラブル続出で一週間で撮影中止。『ローズ・イン・タイドランド』('05)はアメリカで上映拒否(ま、あんなロリータ愛剥き出しの映画、アメリカでは当然だ)。しかしこれらの問題作+『バンデットQ』やら『フィッシャー・キング』やら、過去作すべてのエコーが本作には見て取れる。さらにギリアムのルーツたるモンティ・パイソン的ナンセンスが最も強く感じられる一作なのが嬉しいじゃないか(ジュード・ロウ出演シーンの馬鹿馬鹿しさは白眉!)。
誰も物語を求めず、真実に目を背け、安易な快楽の誘惑にいとも簡単に堕ちてしまう現代社会に疲れ果て、ついには自分自身のイマジネーションの荒野をあてもなく彷徨いつつも復活するパルナサス博士の姿は、ギリアム自身の自虐的な写し絵に違いない。『カールじいさんの空飛ぶ家』でのカーツ大佐じみた悪役の声も素晴らしかったクリストファー・プラマー80歳の枯れた佇まいもいいが、彼とは逆に活き活きとしてスマートなのがトム・ウェイツの悪魔役! さらに博士の娘ヴァレンティナを演じるリリー・コールの、奇形的なまでにロリ体型なヴィジュアルと、スーパーモデルらしからぬ存在感ある演技も驚きである。
Text:Milkman Saito
『Dr.パルナサスの鏡』
監督:テリー・ギリアム
脚本:テリー・ギリアム、チャールズ・マッケオン
出演:ヒース・レジャー、クリストファー・プラマー、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレル、リリー・コール、アンドリュー・ガーフィールド、バーン・トロイヤー、トム・ウェイツ
原題:The Imaginarium of Doctor Parnassus
製作国:2009年イギリス・カナダ合作映画
上映時間:2時間4分
配給:ショウゲート
大ヒット上映中!
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