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インビクタス/負けざる者たち

インビクタス/負けざる者たち

1995年に南アフリカで起きた
人種問題をひも解く真実の物語

10 3/01 UPDATE

『チェンジリング』『グラン・トリノ』と立て続けに傑作を放ち、2009年はまさに「彼の年だった」といえるほどに気を吐いたクリント・イーストウッド。彼の最新作は1995年に南アフリカで開かれたラグビーのワールドカップにまつわる実話の映画化だ。
 
この前年、ネルソン・マンデラが大統領となり、白人がこの土地を植民地として以来つづけてきたアパルトヘイトを廃止した。映画は'90年、マンデラが30年近い獄中生活から開放された日から始まる。でも彼の車が通る道の両側はくっきりと様子が違うのだ。片側はプレッピーぽい白人たちのラグビー・チームが緑の芝生の上で練習している。もう片側は荒れ果てた空き地で、黒人の子供たちがサッカーをしている。ラグビーは支配者である白人のスポーツ、サッカーは貧しい被差別者である黒人のスポーツ。そうしたヒエラルキー的な分断の様子を、あまりにも図式的ではあるけれどもスポーツにかこつけて最初にばっちり示すイーストウッドのてらいのなさがいい。こうした直裁さはエンドクレジットまで続く。イギリス王室万歳のアンセムとしてよく歌われるホルストの「木星」中間部(つまり平原綾香で流行ったやつね)に「世界の国々が結びついて、ゆるぎない世界を作ろう!」と臆面もない歌詞をつけ南アのゴスペルの大御所レディスミス・ブラック・マンバーゾに歌わせるんだからさ。しかしそれでも......きっと観る者は大感激して泣いてしまうはず! それがイーストウッドの凄さなのである。
 
閑話休題(笑)。事実、白人主体(黒人はひとりしかいない)のナショナル・チームはアパルトヘイトの象徴でもあって国際試合から長らく閉め出され、著しく弱体化していたのだ。黒人たちはといえばもともとラグビーに関心がない上に、自分たちを虐げる白人たちのチームだというので、スタジアムにやってきたとしてもみんな敵の方を応援するというねじれた事態になっていたらしい。
 
で'94年、大統領に就任したマンデラ(扮するはイーストウッドの盟友モーガン・フリーマン)は、翌年この国でワールドカップがあることをはじめて知り(要するにマンデラもラグビーになど興味がなかったということだ)、そこで一計を案じる。......「よし、これを民族融和の道具として利用してやろう」と考えるわけ。
 
黒人たちのグループは、白人支配の象徴たる旧国旗をイメージさせるナショナル・チームのユニフォームを変更しようとする。ま、それは当然だ。しかしマンデラは強硬派のアジテーターを説得し、変更するべきではないと説得する。「白人的なるものをすべて奪えば、白人たちの恐怖のみを増長させ、国は崩壊する」......そうして白人選手たちのプライドを守りつつ、チーム・キャプテンのピナール(マット・デイモン)を直々大統領府のアフタヌーン・ティーに招いて詩的な教養を匂わせつつ激励するのだ。ピナールは思う壺、マンデラの人間的な魅力と鷹揚さに一発で感化されてしまう(ここで持ち出されるのが獄中生活の励みとしたというヴィクトリア朝の一篇の詩「インヴィクタス」。タイトルにしておきながらもなかなか内容を示さないのが巧いところ)。
 
さらにマンデラは公用のあいだに選手全員の顔を覚え、練習場に突然ヘリコプターで現れて名前を呼びながら握手をする。最初は侮蔑と疑惑の目を向けていた白人選手たちもこうして徐々に大統領への敬意と驚嘆の思いが生まれてくる。そして我々こそ紛れもなく南アのナショナル・チームなのだ、新しい祖国のために立派に戦ってやろうではないかという心が芽生えていくのである!

マンデラの戦略はこれだけじゃあない。まず、職を失うと思いこんでいる大統領府の白人スタッフをつなぎとめて、懐の深いところを見せる。さらに、大統領の警護メンバーを黒人+今まで黒人を弾圧していた公安の白人たちの混成チームとし、率先して対立の解消を演出するのだ。誰よりもマンデラは冷静に状況を判断している。現在の自国が分裂の危機に瀕していることを知っているのだ(だからといって、自分の家庭の崩壊を止められないのが人間というもの)。
 
そして、いよいよワールドカップが開幕する!......これが実に「ホンマかいな?」と思えるような出来事の連続。いやあ、もう出来すぎなのだ。でも調べたら、ここに描かれているのは全部ホントのこと(開会式の○○○の大接近さえ!)。もちろん試合シーンは面白い、手に汗握りますよ、そりゃ。しかしおそらく観る者の心にいちばん強く残るのはミラクルな試合の結果ではなく、そこへと至るべく周到に演出したマンデラという人物の人心掌握術の凄さ、政治家としての卓越した指導力なのである。スポーツ映画ではなくて、実は政治映画。いかにも元市長らしいではないか!
 
正直、ここ数年のイーストウッド映画は暗かった。ブッシュへの侮蔑と怒りに燃えまくっていたからであるのは疑いがない。だが忌むべき男はようやく去った。これは実に久しぶりの、イーストウッドの陽的な作品である。そしてこれはまさにオバマ時代となったアメリカへの、あるいはオバマ大統領自身へ向けたイーストウッドの激烈なメッセージであるのも間違いないところ。さぁてワーカホリック老人イーストウッド、今度はどんなの観せてくれるんだろう......。

Text:Milkman Saito

『インビクタス/負けざる者たち』

監督:クリント・イーストウッド
脚本:アンソニー・ペッカム
出演:モーガン・フリーマン、マット・デイモン、トニー・キゴロギ、スコット・イーストウッド
原題:Invictus
製作国:2009年アメリカ映画
上映時間:2時間14分
配給:ワーナー・ブラザーズ映画

大ヒット上映中!

http://wwws.warnerbros.co.jp/invictus/

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