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すべて彼女のために

すべて彼女のために

非情の道を選ぶひとりの男の強靭な意志

10 3/30 UPDATE

冒頭から走る車内で男と男が揉み合っている。不穏な、暴力的な空気と音。いきなり緊張感が走りまくる。そこに「POUR ELLE」......「彼女のために」とタイトルが挟まれるが、この修羅場がどうして"彼女のため"なのか?
 
物語はその3年前。部屋まで我慢できないとでもいうように、エレベーターで熱烈にキスしあう男と女。教師のジュリアン(ヴァンサン・ランドン)とエディターのリザ(ダイアン・クルーガー)の夫婦である。かくも仲睦まじいふたりには、まだひとりで食事もできない幼い息子オスカルがいる。平凡な、そして平和で愛情のある日常生活。
 
ある夜、仕事から帰ってきたリザはコートに真っ赤な血のようなものが付着しているのに気づく。水道水で洗い流していると......突然警察が部屋に乱入、抗う隙もなくリザは拘束されてしまった! 戸惑うジュリアン、泣き叫ぶオスカル......。
 
そのまま3年が過ぎる。上司を殺した、という容疑で拘束されたままのリザに会うため、オスカルを連れて頻繁に刑務所を訪ねるジュリアン。彼は今も独自の調査を続け、冤罪を晴らそうとしているが状況証拠は極めて不利なものばかりだ。おまけに父だけの家庭で育ち、おそらくは周囲の冷たい視線を浴びてきたオスカルまでもが母を避けるような態度を見せる始末......。
 
判決が下る。禁固20年の実刑。リザの精神も限界に来ていた。糖尿病の彼女はインスリン注射を拒み、自殺を図った。もう時間がない。ジュリアンはそして、とんでもない決意をする......!
 
これは冤罪告発モノでも、犯人探しミステリーでも、お涙頂戴の夫婦愛物語でもない。投獄の原因となった殺人も、リザの主観的回想としてたった一度挟まれるだけで、「上司を殺した真犯人は誰か」「その回想は本物か?」といったことはこの映画とまったく無縁なのだ。

要は夫・ジュリアンが「ある計画」を実行するに至るまっすぐな意志こそを描くこと。ヴァンサン・ランドンの思い詰めた視線の強度とともに、沸騰する寸前の時間が96分間延々と持続し、観る者をもただならぬ昂奮状態へと巻き込むもの凄さ。フィルム・ノワールっぽい要素もあるにはあるが(近年のフレンチ・ノワールの傑作の一本『あるいは裏切りという名の犬』の監督オリヴィエ・マルシャルが重要な役柄で出演もしている)、作品を貫くのはあくまでも、「すべて彼女のために」非情の道を選ぶひとりの男の強靭な意志なのだ。
 
いっさい無駄のない緊密な構成と、極めてクリアで硬質な映像のなかに、夫婦の愛情、母と子の、父と子の関係をもうまく絡めて情緒的にも泣かせてくれる。監督のフレッド・カヴァイエはこれが初監督だというが、ちょっととんでもない才能なのではないか。間違いなくサスペンス映画史に残る傑作といってしまおう!

Text:Milkman Saito

『すべて彼女のために』

監督: フレッド・カヴァイエ
脚本: フレッド・カヴァイエ、ギョーム・ルマン
出演:ヴァンサン・ランドン、ダイアン・クルーガー、ランスロ・ロッシュ、オリヴィエ・マルシャル、アムー・グライア、リリアン・ロヴェール、オリヴィエ・ペリエ、ムーサ・アースクリ、レミ・マルタン、ティエリー・ゴダール、スリマン・アジャール、ドロテ・タヴェルニエ、アラー・ウムズン、ジョゼフ・ベデレム、イヴァン・フラネク
原題:POUR ELLE
製作国: 2008年フランス映画
上映時間: 96分
配給: ブロードメディア・スタジオ

全国絶賛公開中!

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