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うおお。とにかくカッコいい。マーティン・スコセッシは映画監督として、もはや「巨匠」の位置にあると言っていいと思うが、彼の作品に通底する"ある種の感覚"をここまではっきりと打ち出した作品というのはあまりないかも知れない。それは狂気にまで至るパラノイアック（分裂的）でニューロティック（神経症的）な"閉じられた精神の風景"を描くことだと感じるのだけれど、ここまで徹底してヴィジュアルに凝りに凝り、しかも音の力をもフル動員して示してみせるのは稀ではないか。

まず導入部からして不穏だ。ボストンから遥か沖合いにある船上で、連邦保安官のテディ（レオナルド・ディカプリオ）が、新任の相棒（マーク・ラファロ）と初対面する。それだけのシーンなのだが何かヘン。船室の屋根には手錠がいっぱい吊り下げられているし、テディは「アパート火災で焼け死んだ」という妻の思い出に繋がる派手なネクタイを不釣り合いだが締めている。船は進み、ある島に近づいていく。「シャッター・アイランド」＝閉ざされた島。そこには精神を病んだ重罪犯を収容する精神病院がある。あたりは深い霧。それを裂いて船首が顔を見せる。重低音がどっしり臓腑に響く。......船の汽笛？　いや、音楽だ。リゲティの「ロンターノ」。

厳重な警備の中、ふたりの捜査官は病院へ向かう。そのあいだ、リゲティの不穏な重低音とクラスターが響き渡るが、カメラはやたらとキレがいい。明晰すぎるほどに神経過敏でクリアな画面がさらに不安感を煽る。

彼らはここに何を調べに来たのか？　3人の我が子を溺死させた女性犯が、鍵のかかった部屋から失踪したのだ。島の外へは容易に出られない。だが、その部屋には彼女の謎のメッセージを記した紙片が残されていた。「4の法則」とは、いったい？

......そう、これはミステリーである。謎解きである。だが、映画の世界における「いいミステリー」とは、謎解きになどに囚われていてはいけないことを意味する。

この映画も例外ではないのだ。いちおう「衝撃のラスト」的な宣伝はなされているけれど、スレた観客なら容易に予想はつく類いのもの。そこに価値を求めては、この映画は二流のものでしかない。

本作の凄さは、パラノイアックでニューロティックな"閉じられた精神の風景"を、観客の神経を逆撫でするが如く、極めて明晰に描いていくことにある。おぼろげではなく、強い光の中ではっきりと、鋭角的な狂気が観る者にじりじり喰いこんでいくように。

映画史家的監督であるスコセッシらしいところは、この物語を1954年と設定していることだ。'50年代はそうした「ニューロティック」なフィルム・ノワールが流行した時期。スコセッシはそのひとつの成果である『恐怖の岬』（'62）をかつてリメイクしているし（『ケープ・フィアー』'91）、そのオリジナル版の主演俳優ロバート・ミッチャムがまさしくニューロティックとしか形容しようのない至高の作『狩人の夜』（'55）に出たのもその頃である。
　
先にリゲティの名を挙げたが、彼自身は20世紀を代表する作曲家ではあるものの、その名を広く知らしめたのはスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』。キューブリックはそれ以後もたびたびリゲティの曲を使っていることだし、これはもう自動的にキューブリックを意識しているとしか思えないワケ。なにより『シャイニング』や『アイズ ワイド シャット』で、ニューロティック映画の歴史の極限にまで辿りついた監督こそがキューブリックであるのだから。
　
さらに音楽に注目しよう。リゲティにとどまらず、この映画、全篇20世紀音楽づくしなのでありますね。ペンデレツキ、フェルドマン、ジョン・アダムズ、ジョン・ケージ（＆彼に捧げたナム・ジュン・パイクの曲）......そして、それらの中心にマーラーの「弦楽四重奏曲」を置くというマニアックぶり！!　どれをとってもマニアック、よほどのクラシック好きじゃないと特定するのは難しかろう曲の数々。なんと音楽スーパーヴァイザーはスコセッシの盟友であり、元「ザ・バンド」のロビー・ロバートソン。いっけん意外に思えるが、ジャンルを超えた学級肌の彼のこと、判らぬではない。かつてスコセッシと組んだ『ギャング・オブ・ニューヨーク』はアメリカ大衆音楽史という側面も持っていたしね。
　
具象よりも抽象に傾いた20世紀前衛の音響は一目、いや一聴瞭然に神経症的なのだけれど、そうしたものも「ニューロティック文化史」として一緒にやってみました、ってな多面的な試みを感じぬでもないのがまたスコセッシらしいのである。

Text:Milkman Saito