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プレシャス

プレシャス

苛酷な運命と向き合いながら、
前向きに人生を切り開く黒人少女の物語

10 5/10 UPDATE

タイトルからしてすさまじい。皮肉というにはドスが効きすぎだ。

「precious」つまり「大事な、大切な、可愛い」という意味。この映画の主人公、16歳のアフリカン・アメリカンの少女も「プレシャス」という名を持つが、これほど言葉の意味と真逆な境遇もそうあるモンじゃない。
 
NYはハーレムの貧困者用アパートで母と暮らす彼女、どう見ても体重は100キロ以上。ものすごく太っているから判りにくいが現在、妊娠中。しかも父親は実の父! 7歳の時から家庭内で犯されつづけてなんと12歳のときにも父の子を産んでいる。その子は不幸にもダウン症で、育てる能力なし、と引き離されたままだ。
 
そうなったのは母親の責任が大きい。母は夫に逃げられるのがイヤでずっとレイプを見て見ぬふりをし続けてきた。しかし結果、夫は行方をくらませた。娘に夫の愛を奪われ、寝取られたうえ出て行かせてしまったという偏執的な思いこみの増した母の虐待は、さらに酷くなる。生活保護の金だけをあてにして働かず、動かず、麻薬漬け。のべつまくなしにプレシャスに罵詈雑言を浴びせつづけ、料理を作らせ、不味いといっては全部娘に喰わせる(それが日常的になり、身体もファスト・フード体質になって太っているのだ)。
 
母親から日々精神的・肉体的な虐待を受け、なんの価値もない人間だと卑屈な思いにさせられるのが恒常化して、プレシャスはほぼ読み書きができない。妊娠が発覚して学校を放校された彼女は、やがて問題を抱える生徒を受け入れるオルタナティヴ・スクール(代替学校)へ通う道を自ら選ぶ。
 
そう。文盲同然でも、父の子を孕ませられても、母親に苛めぬかれても、プレシャスは学校へ行く意志があるのだ。父に犯されているときも、路で馬鹿にされて突き倒されたときも、彼女はレッドカーペットを歩く映画スターになった自分を、R&Bのディーヴァになった自分を極彩色の夢として思い描く。
 
逃避である。ま、表現としてもやや軽すぎあざとすぎ(笑)。しかし身に降りかかる不幸に押し潰されまいとする、多分に自己防御本能的ではあるが前向きな性格がプレシャスを変えていく。
 
代替学校「Each One Teach One」でプレシャスは、美しい女教師レインに出会う。プレシャス以上にやさぐれた空気をふりまく女生徒たちを相手に、先生は自主性を,個性を引き出そうとする。ものを書くことを執拗に薦める。「あなたたちはクズではない」とはっきりと言ってくれる。「自分の創造性をプッシュして("Push"は原作題)」と励ましてくれる。プレシャスは次第に、自分の殻を自ら突き破ろうとしはじめる。自分の知らなかった、見ようとしなかった、自分がそこにふさわしい人間だと思いもしなかった、広い世界に目覚めていく。
 
実はレイン先生、レズビアンだ。「教えることが大好きだからここにいる」と彼女は言うが、確かにそれは偽りではないだろう。だが、こんな聡明な美女がハーレムの代替学校で教えているのはひょっとするとレズビアンであることを理由に別の学校を追い出されたのか、とか、またゲイ・リベラリストであるからこそあえて少数者のための学校にいるのか......などと想像させるではないか(実際にレイン先生的な教師をしていた原作者サファイアも監督のリー・ダニエルズもゲイである)。
 
......と、ここまでならまだ未来への展望が見える物語だ。しかしプレシャスにはさらに過酷な運命が待ち受けている! 彼女の物語にはモデルがいるらしいが、この作者、鬼か! と言いたくなる(笑)。
 
しかしだ。ここが最大に不思議なところなのだが、これほど前向きで希望に満ちた作品も稀なのだ! 「ずど~んと重い」後味を残す映画というのは山ほどあるけれど、「ずど~んと軽い」なんて映画、滅多にあるモンじゃない。ささやかな映画ではあるが、そこが新鮮だ。
 
今回のアカデミー賞では6部門にノミネート、同情無用(というか、同情を煽るがきっぱりと否定される)の鬼のような母親を演じたモニークが助演女優賞を獲ったがこれも当然。彼女に限らず、プレシャス役のガボレイ・シディベ、レイン先生役のポーラ・パットン(彼女はもっと評価されてよい)もハマリ役だ。さらにあのマライア・キャリーがソーシャルワーカー役で、ほとんどスッピンで出ているが、対話シーンばかりの地味な役ながら、これがとても印象的なのである(アカデミーで脚色賞を獲った脚本も、どちらかというと演劇的な匂いのするものだし)。あ、レニー・クラヴィッツも看護師役で出てます。こちらも地味だけど、いちおうプレシャスにとっての王子様役(笑)。

Text:Milkman Saito

『プレシャス』

監督:リー・ダニエルズ
脚本:ジェフリー・フレッチャー
出演:ガボリー・シディベ、モニーク、マライア・キャリー、レニー・クラビッツ、ポーラ・パットン
原題:Precious: based on the novel "Push" by Sapphire
製作国:2009年アメリカ映画
上映時間:109分
配給:ファントム・フィルム

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http://www.precious-movie.net/