honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

告白

告白

ヒューマニズムなど微塵もない
史上もっとも凶悪な教育映画

10 6/04 UPDATE

邪悪な映画だ。
 
「"告白"じゃなくて"酷薄"なんじゃないの?」......とは、きっとコレを観たあと何百人もが思いつく駄洒落だろうけれど、ホント、ヒューマニズムなど微塵もない。いや、まぁ、ちらりとそのカケラを匂わせるシーンもあるから(あの、苺の...)「安易なヒューマニズム」と少し弱めたっていいんだけど、そうしたシーンだって、松たか子の絶妙の感情コントロールにより決然と叩き潰される。まぁ、これは中島哲也の映画だからね。あの『嫌われ松子の一生』の、あの『パコと魔法の絵本』の、肥大した自我に極彩色の夢を見させておきながら完膚なきまでに踏みにじってきた"鬼"才の映画なのであるからして。
 
終業式後の中学校、一年B組のホームルーム。好き勝手なおしゃべりを止めようとしない37人の生徒たちの中で、淡々と独り言のように語りだしたのは担任の森口悠子先生(松たか子)だ。じつは森口先生の幼い娘が学校のプールで溺死するという事件が数ヶ月前に発生していた。警察は事故と判断。しかし先生はいきなり「娘はこのクラスの生徒に殺された」と話し始めたのだ!

それまでの野放図な、雑然としたクラスの空気が緊張に変わっていく。教室の大きな窓。その向こうでは雨雲が異様な色彩でたれ込めている。その暗い光が教室に差し込み、生徒たちの姿にモノトーンの影を造る。37人の生徒たちひとりひとりが森口先生の話をどう捉えているのか、それは判らない。しかしホームルームがはじまったときには、なーんも考えていなかった(ように見えた)彼ら彼女らが、内側から発光しはじめたような錯覚に陥る。先生の話は続き、その話の内容は聞き入る生徒たちの心にぐさぐさぐさと念を押すようにスローモーションで映像として描かれる。外では雨が降り出し、先生の「告白」が佳境に入るにつれ、時間の感覚が崩れたかのように雨粒が止まって見え始める......。
 
先生は、娘の死に関わった生徒2人を名指しする。いや、「A」「B」と仮称して一応具体名は避けるのだが、聞いている生徒たちにはそれが誰なのかはいっぺんに判る。先生もそれを重々承知している(笑)。それを顔には感情を一切出さず、冷静に淡々と語りつづける森口先生が凄い。しかし微妙な仕草や、いささか剣のある言葉遣いに先生の押し殺した感情のうねりはありありと判るのだ。
 
先生はこのホームルームを最後に学校を辞めること、そして犯人と断定した2人の生徒を警察には差し出さないものの、とても教育的な「ある処罰」を下したことを最後に告げる。そして、黒板に大書した「命」の文字をずさっと消すのだ! ......ここまでが映画のいわば第一幕、すでに25分を超えているが、ほぼ森口先生のダイアローグだけで引っ張るこの作劇の剛胆さよ。
 
さて第二幕は新学期だ。犯人A&Bと、Bの母親(木村佳乃)、新しく担任となったいささかウザい熱血教師(岡田将生)、"犯人"の罪についていささか懐疑的になるクラスメイトの女の子......ここからの映画も、彼らのそれぞれが「告白」を引き継ぎ,重ねあい、混淆する中で、その後の事態がどうなっていったかを描いていく。
 
この映画の面白さは、その「告白」をどう理解するかによる。人間というのは自分の行動を、自分の都合のいいように言いつくろったり言いわけしたりしがちなもの。他人にそれを「告白」するとなった場合、意識的無意識的な自己弁護や自己陶酔によってどれだけ真実が潤色されているかは、なかなか聞かされる者は判断できない。いや、告白者自身だってよく判ってないかも知れないのだ。
 
「告白」によって描かれる新学期の様相には、現代の問題とされるさまざまな歪みがこれでもかというくらいたくさん表れる。モンスター・ペアレント、ドメスティック・ヴァイオレンス、マザー・コンプレックス、いじめ、集団心理、そして少年法とかいったもの。ひょっとすると告白する者自身も、そうした「世間的」「マスコミ的」に解釈してもらいやすいような、紋切り型の事象に逃げ場を見つけているのかも知れないのである。
 
それぞれの「告白」をぜんぶ額面通りに受け止めたって別に構わない。しかし、告白者は真実を、意識的無意識的に改変しながら喋っているのかも知れない。そんなふうに疑ってかかるかどうかで映画のすべては(オペラティックといえるほどに壮絶なラストの解釈さえ)大いに変わってくる。
 
最初にも書いたが、この映画にはヒューマニスティックな解決などないのだ。それぞれが「ひとつの事実」を、自分の観点から解釈し、他人のことを案じているようでありながら自分のことだけを考え、コミュニケーションが計れているようでありながら見事にするするとすれ違っている。そんな現代の恐怖がここにはある。まさにホラー!......なのだけれど、常に苦笑冷笑哄笑とともにあるのがペシミズムに着地させることさえ赦さず、またしても邪悪なんだよな。
 
映像も、直接光が徹底的に避けられているのが印象的だ。中島哲也の作品といえば、平凡でくだらない現実を人工的な極彩色の空間に異化させてみせる(ま、それも相当邪悪だが)のが定番だったが、今回はほとんどの場面が逆光あるいは間接光。全体の色調も落として、より内へ内へと登場人物を、そして観客を追いつめていく。しかしそれが中島哲也のトレードマークたる「過剰」を放棄したことにはならないのよね。"徹底的"な逆光間接光、"徹底的"なダイアローグ、"徹底的"なスローモーション、そしてレディオヘッドから相対性理論にAKB48、バッハにヘンデルそしてノイズ...といつもながらにアナーキーかつ理知的な音の再構築! まさしくこれは全中学生に強制的に見せるべき、史上もっとも凶悪な教育映画なのだっ!......といってもR15なんだけどね。

Text:Milkman Saito

『告白』

監督・脚本:中島哲也
出演:松たか子、岡田将生、木村佳乃
製作国:2010年日本映画
上映時間:106分
配給:東宝

http://kokuhaku-shimasu.jp/

2010年6月5日(土)全国東宝系で公開

©2010「告白」製作委員会