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なんだか全篇、異様なムードなのだ。いわゆる「サイコ・サスペンス」系の作品だから、それも当たり前といえば当たり前なのだが、"異常な心理状態"にある殺人犯が犠牲者を責め苛むからオソロシイ、というのとはちょっと違う。いやいや、そういうショック・シーンも相当のもので、そもそも殺人犯の手口が手持ちのドリルで背中に複数の穴を開けて失血死させるという残酷なものだし、冒頭からして、アパートの高層階から突き落とされ血まみれになりつつも起き上がろうとした男の向こう脛がグキッ!...というような「痛い」描写であって、そんなのがいくつもあるのではあるけれど、本当に頭の中に薄気味悪く残るのは主演アーロン・クォックの、かな~りのところまでイッちゃってる目であり演技なのだ。
特捜班主席警部のレン(アーロン・クォック)が病院のベッドで意識を取り戻したとき、彼には数日間の記憶がなかった。同僚の警部がドリルで背中を穿たれたのち、高所から落とされたその現場で、レンは気絶した状態で発見されたのだった。そのとき彼らは、同じ手口での連続殺人事件の捜査にあたっていたのだ。
だがその後発見された遺留品、それに犯行の日時や被害者の経歴までもがことごとく、レンに極めて不利な証拠ばかりを示していく。記憶が戻らぬ中、自分に集中する同僚たちの疑惑の目。そしてレンもまた、妻と幼い息子(といっても養子だが)と暮らす海辺の自宅で、事件に使われた凶器が私物であったことを知ってしまう。犯人は自分を陥れようとしているのか? いや、自分が真犯人なのか?
内からも外からも疑心暗鬼に晒されるうち、次第に精神を苛まれていくレン。もはや傍目にはとても正気とは思えない極限の心理を、アーロン・クォックは持ち前のニューロティックな演技で体現するのだが、ややもすると笑っちゃうほどの"のめりこみ"っぷりだ。「映画史的傑作」と言ってしまってもいいだろうパトリック・タム監督の『父子』('06)が映画祭公開のみに終わっている日本では、彼の「かな~りイッちゃった」感濃厚な、異様にパッショネイトな演技は今ひとつ伝わりにくいけれど、例えばトラウマに苛まれつづける刑事を演じた『ディバージェンス 運命の交差点』('05)を思い起こしていただけると想像がつくかも知れない。
ただしこの映画、かなりモノ凄い「謎解き」がある。思えばアーロンの薄気味悪い演技とともに、なんとなく妙な引っかかりを加えてこの映画を異様なムードにしていたファクターが大きく関わっているのだけれど、もちろんネタバレは止しましょう(実は去年日本でも公開された某アメリカ映画にちょっと似ているのだが、おそらく偶然の一致だ)。しかし「謎解き」を終えても物語はまだまだ続く。そこからなのだ。アーロンの「イッちゃった」演技が本当に発揮されるのは。
Text:Milkman Saito
『殺人犯』
監督:ロイ・チョウ
脚本:トー・チーロン
出演:アーロン・クォック、チャン・チュンニン、チョン・シウファイ、チェン・クアンタイ、チン・カーロッ、ジョシー・ホー(特別出演)
原題:殺人犯/Murderer
製作国:2009年香港(中国)映画
上映時間:121分
配給:ツイン
大ヒット上映中
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