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英国王のスピーチ

英国王のスピーチ

各国映画賞を総なめにした話題作、
自身のコンプレックスと闘う英国王の知られざる真実。

11 3/02 UPDATE

今年の賞レースの本命と目され、結局アカデミー賞でも最多12ノミネート、主要4部門受賞となった本作。まあ、それだけの内容と風格と面白さがあるのは確かである。

それにしてもイギリス王室というのは面妖なところである。ヴィクトリア女王以前の、もうずいぶんと昔の話はともかくとして、BBCの「モンティ・パイソン」とか、レディ・ダイアナが事故死した直後の王室を描いた『クィーン』('06)であるとか、よくもあからさまに今上陛下をネタにできるもんだ。本作はそこまで生々しいわけじゃないにしろ、まだまだ時代の新しい、第二次世界大戦前夜に起こった物語。なんたって主人公はヨーク公アルバート王子、のちのジョージ6世。つまり今の英国女王、エリザベス2世の父君である。

このアルバート王子(コリン・ファース。昨年の『シングルマン』と併せみてもオスカーは妥当である)、幼い頃から吃音症に悩んでいた。人前に出るとまともに喋れない。でも父親であるジョージ5世は、何度となく大きなセレモニーでのスピーチを強要する。1925年、大英帝国博覧会の閉会式でも父の代理として演説をするよう命じられたが、案の定,さんざんな結果に終わってしまう。自己卑下を深める王子を見かねたのは妻のエリザベス(ヘレナ・ボナム・カーター)。夫を引き連れていろんな療法士の治療を試すものの、どうにもアホらしいものばかりで結果は思わしくなかった。

万策つきたと思われたとき、エリザベスはひとりの言語聴覚士を紹介される。英国医師会からは異端派で型破りと敬遠されていたオーストラリア人、ライオネル・ローグ(やはりオーストラリア人でこの映画を企画・製作したジェフリー・ラッシュ)。果たしてライオネルは王子夫妻を面食らわせる男だった。

子供が好き勝手に塗りたくったのか、壁じゅうがジャクソン・ポロックの絵画みたいになった診療室で、アルバート王子にいきなり私たちは平等だと宣言し、敬称どころか親族しか使わない愛称でしか呼ばず、ヘヴィスモーカーの王子からタバコを取り上げる。こんな扱いを平民(しかも「植民地人」)から受けたことのないアルバート、いくら温厚で引っ込み思案な性格といっても怒り心頭。そんなこと構わずに自分の流儀を強要するライオネルは自信たっぷり、なんせ第一次大戦のショックで言葉を失った者を数多く治療してきた実績があるのだ。彼は王子の吃音症にも理由があるのを目極めると「今ここで本を完璧に読めるようにしてあげましょう」と宣言、いきなりモーツァルト「フィガロの結婚」のレコードを大音量でかけ、「ハムレット」を渡すと読めと命じ、王子の耳にヘッドフォンを被せる。自分の声がまったく聞こえぬまま、混乱しつつも朗読するアルバート。それを音盤に録音しはじめるライオネル。鳴り響く「フィガロ」。やがて王子は「こんな馬鹿げた治療は私には合わない!」と帰ってしまうが、後日、手みやげに持たされた音盤をふと聴いたアルバートは......。

いわばコンプレックスを抱えたひとりの人間が、優秀なコーチと出会うことで自分を克服していく、という普遍的な物語ではある。ライオネル独特の奇妙な体操やらハタ目には滑稽な発声法やらで治療する一連のシーンなど、ほとんどスポ根映画のクリシェに等しい(笑)。事態の深刻さに対してとにかく描写が軽妙なのだ。

それはもちろん、吃音に由来する自己卑下と克服への熱意、王族としての威厳のあいだで揺れまくるコリン・ファースと、彼のコンプレックスを的確に分析し、自信満々に"治療"するジェフリー・ラッシュの、多分に芝居がかった演技合戦に因るところが大きい。おそらくクライマックスは、アルバートの深層に宿った家族関係に由来する闇を、ガーシュウィン「スワニー」の節に乗せて本人の口から吐き出させるという、まさしく悲喜劇的な治療シーンではないか。さらにこの両人の丁々発止を、現代からみれば白塗りにすぎると思われる化粧の下で鷹揚かつ冷静に管理するヘレナ・ボナム・カーターの存在も実はキモ。言ってみれば究極のトリオ漫才なのだ。

でも映画は半ばで趣を変える。1936年、ジョージ5世が亡くなって、アルバートの兄のデイヴィッド皇太子(ガイ・ピアース)がエドワード8世として国王に即位する。しかし、王は周囲から猛反対されながらも離婚歴のあるアメリカ女性ウォリス・シンプスンと結婚するため、1年も満たぬうちに退位。世に言う「王冠を賭けた恋」(あのマドンナも次回監督作の題材に選んだとか)だが、ここではそんなロマンティックな解釈はなし。極めて身勝手で政治意識を欠いた愚行として描かれるのが面白い。ともかく、そのとばっちりを喰ったのがアルバート、急遽国王への即位を余儀なくされるわけ。もともと国の行く先を憂いていた彼であるが、なんせ例の吃音が大問題。国民の前で喋る事もできない自分が果たして王になっていいのか? しかし自分が王にならないと、台頭して来たナチス・ドイツに(ヒトラーは自分と違って演説も巧いし)太刀打ちできなくなってしまうではないか!......そのジレンマを治療の名の下に"操作"して、王位継承へと導くのもまたライオネルなのである。

text:Milkman Saito

『英国王のスピーチ』
監督:トム・フーパー
脚本:デイヴィッド・サイドラー
出演:コリン・ファレル、ジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム=カーター
原題:The King's Speech
製作国:2010年イギリス/オーストラリア
上映時間:118分
配給:ギャガ

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http://kingsspeech.gaga.ne.jp/

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