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洋菓子店コアンドル

洋菓子店コアンドル

高い職人技が魅せる、ビターでスウィートな人生の幸福

11 3/07 UPDATE

「職人は手を抜くこと覚えたら長続きしないからね!」

洋菓子店コアンドルのオーナー戸田恵子が、店のパティシエたちをこう叱咤する。

当年とって35歳、まだ若手といえる年齢にしてすっかり日本映画界を背負って立つ監督のひとりに成長した深川栄洋の映画を観てきた者なら、この台詞にどうしても彼の作家哲学を読み取ってしまうだろう。

深川栄洋の最大の美点は、実は彼の作家性にあるというわけではない。なんたって彼はジャンルにこだわらないのだ。ノスタルジックな昭和の少年少女物語『狼少女』('05)。ケイタイ小説やライトノベルのシンプルさを映画的情感豊かに昇華させたラヴストーリー『体育館ベイビー』&『同級生』('08)、そして傑作『半分の月がのぼる空』('09)。同じラヴストーリーでも熟年男女3組のそれを(30歳そこそこで!)見事に紡ぎあげた『60歳のラブレター』('09)や、妖しくもすっとぼけた幻想怪談『真木栗ノ穴』('07)、快調なテンポで19年間の闇を描き切ったピカレスク・ノワール『白夜行』('11)もある。かつて1950〜60年代、日本映画に新しい風を吹き込んだ才人・中平康の言葉を借りるならば、「寿司ネタ」(つまりストーリー)の良し悪しには余りこだわらず、「研ぎあげた包丁の切れ味や程よいシャリの握り加減」(つまりテクニックの冴え)で勝負する。どんな題材でも面白く、活き活きと、魅力的に料理してみせること......そんな"高い職人技"こそが深川栄洋の武器なのだ。

本作だって、「物語」しか関心のない観客には「他愛ない」「大甘だ」などと一笑されかねないものかも知れない。オリジナル脚本ではあるが、おそらく多くの人が「少女漫画の映画化?」と思うだろう(ちなみに僕は「少女漫画」を微塵も否定的にみてませんけどね)。

東京にある瀟酒なパティスリ「コアンドル」に、ある日ふらっとカバンひとつで現れた蒼井優。ここで働いているという"いいなずけ"を追って鹿児島からひとりやってきたのだが、"いいなずけ"はすでに勤めを辞めたあと。行き場を失った彼女は、生来の身の程知らずを存分に発揮して、まんまと見習いとして雇ってもらうことになる。そんな蒼井優を支え、怒らせ、成長させていくのは「コアンドル」のオーナーである戸田恵子や、先輩パティシエで性格凶悪な江口のりこ、そして「ひとを幸せにするケーキを作る」という"伝説のパティシエ"江口洋介らだ。

ま、ストーリーに大きなサプライズはない。予定調和といってもいい。でもそこに生きるキャラクターたちは実に複雑。なにしろ主役の蒼井優からして最初から最後までずっと身の程知らずなままなのだ(笑)。そもそも追いかけてきた"いいなずけ"ってのも単なる思いこみだし、トラウマを抱える江口洋介にも真っ正面からずけずけと、自分が正論だと信じきって訛りの強い鹿児島弁で意見しまくる。そのモノの言い方を知らぬ傍若無人・自信過剰ぶりはちょっと不快なほどなのだ。

その一方、洋菓子に関しては実に研究熱心。天才ではないが努力型。もともと田舎のケーキ屋の娘である彼女は、洋菓子にはピュアな情熱を持っていて、オフのときは試作を重ね、店でも率先してテキパキ働く。そんなちょっとした仕草がとても可愛い。いちいち可愛い。深川栄洋も彼女が可愛く見えるアングルを絶妙にチョイスしてさらっと見せる(もともと蒼井優は巧い女優だから、こういうところやりすぎるとイヤミになるのだが周到に回避)。その愛らしさで、どうしようもなく最悪な性格も帳消しなのである(笑)。

彼女ともっとも反目することになる江口のりこも、さらに凶悪なキャラでいい。そんな彼女が「コアンドル」休業の危機の際、他店から引き抜かれる。認められた喜びと後ろ髪を引かれる思い。例によって例のごとく本音ばかり吐く蒼井優との「対決」では、過剰な台詞に頼ることなく、真正面ショットの切り返しと仕草(自転車の鍵が開けられぬ、とか)でジレンマや焦燥感を表現して見事だ。

巧さを感じさせるのはここだけではない。ほとんどあらゆるシーンにこだわりとたくらみが感じられるのだが、それぞれが心地よく、コセコセせず、しかも少しばかり挑戦的。店の常連の老婦人・加賀まりこ(実はもと舞台女優)が、最期の注文として蒼井優に菓子を部屋まで届けさせるシーン(半開きになったドアの向こうの調度品が見えるだけで加賀の姿は映されない)。危機に瀕した「コアンドル」の存続を決心するシーン(白けた光条が差し入る店内に立つ蒼井の胸に、実家のケーキ屋の思い出と不可分なオレンジ色の光がポイントで当たる)。時間が止まったような自室でトラウマと向き合う江口洋介のトリッキーなリフレイン。そしてラスト、絶妙に計算された「間」とキャメラワークには「巧い、巧すぎる」と感嘆するしかないのだ。まさに手抜きのない職人技、深川栄洋の快進撃はまだまだ続くだろう。

text:Milkman Saito

『洋菓子店コアンドル』
監督:深川栄洋
脚本:いながききよたか、深川栄洋、前田こうこ
出演:江口洋介、蒼井優、江口のりこ、尾上寛之、粟田麗、山口朋華、ネイサン・バーグ、嶋田久作、加賀まりこ、鈴木瑞穂、佐々木すみ江、戸田恵子
製作国:2010年日本映画
上映時間:115分
配給:アスミック・エース

全国順次公開中!
http://coin-de-rue-movie.com/

©2010『洋菓子店コアンドル』製作委員会