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ゲンスブールと女たち

ゲンスブールと女たち

BD作家の監督がオマージュを込めて描いた、挑発者セルジュ・ゲンスブールの肖像

11 6/01 UPDATE

今年3月でその死から20年を迎えた20世紀フランスを代表するアイコン、セルジュ・ゲンスブール。音楽家、俳優、映画監督、作家とあらゆるチャンネルで表現、挑発を続けた彼の幼少期から死までを追った伝記映画である。

いや単に伝記映画といってしまっていいのだろうか、この映画はあまりにも強い監督からのオマージュのこもった作品だ。ゲンスブールのオルターエゴともいえそうな「ゲンスバール」。宣伝用の資料やスティルでは表に出ていないのだが、このキャラクターが、イラストレーター、BD(コミック)作家であるジョアン・スファール監督の想像力によって誇大に描かれ随時登場するのである。その誇大な姿にはセルジュが幼い頃からずっと背負っていたユダヤで醜男というコンプレックスが大きく被ってくるのである。

邦題に「ゲンスブールと女たち」とあるように、ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキンら、華麗な女性遍歴でも知られるゲンスブール。しかしよりスキャンダラスだったのは女性関係よりもその自己の表現方法だったかも知れない。まるでスタジオにベッドを持ち込んだような喘ぎ声の入った名曲『ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ』は放送禁止になったり、フランス国家をレゲエでカヴァーしたことでコンサート会場に右翼団体が乗り込んだり、自らが国に払う税金の多さを示すため500フラン紙幣をテレヴィの生放送で燃やしたり、テレヴィで共演したホイットニー・ヒューストンを前に「I WANT TO FUCK WITH YOU」と絡んだり、愛娘シャルロットとの近親相姦まがいのデュエットも物議をかもし、心臓発作で入院した病院でもジタンのタバコを吸い続けたり...とあらゆるエピソードが原題となっている「la vie heroique」通りの「伝説的な人生」であったのだ。

主演のエリック・エルモスニーノは、特殊メイクのつけっ鼻と大きな耳でセルジュに見事になりきり、あの手つきやギョロリとした目の動きまでカヴァーする(ファンからしたら、ちょっとやりすぎだろうけど)。ジュリエット・グレコを演じるアナ・ムグラリスのアンニュイな貫禄も素晴らしいが、何よりブリジット・バルドーを演じるレティシア・カスタ! 舌っ足らずな甘えた話し方までコピーした演技とその肢体。オララ~な登場シーンからぐっと引き込まれてしまった...(あ、昨年急逝したクロード・シャブロル監督もちょい役でチラリ登場するシーンがあるからレティシア・カスタにばかり気を取られてお見逃しのないよう)。

あまり書かれない事実だが、ジェーン・バーキン役のイギリス人女優ルーシー・ゴードンは、この作品の撮影の直後、映画の完成を待たずして自らの命を絶ってしまった。さらにそのジェーン本人や二人の間の娘シャルロット・ゲンスブールもこの映画は「見たくない」と断言。たしかに良い思い出も悪い思い出も、過去を赤裸々に描かれるのを素直に喜ぶには、まだ記憶が鮮明すぎるのかもしれない。実は初めてパリでこの映画を観る際、そんなネガティヴな情報ばかり聞いて、セルジュのファンを自認するパリの友人たちでさえ「映画館では観ない」と断言し「呪われた映画」とささやかれたほどであったから、本当のところ最初は素直に楽しめなかった。

一年以上が経って、あらためて日本語字幕とともに観ることで思い直したこともある。これはBD作家ショアン・スファール監督、彼自身の視点からのセルジュへの愛に溢れた作品であることは間違いないのという点だ。ゲンスブールほどのスターだから、生前から語られ、書き綴られたエピソードは山のようにある。それをどのように整理、解釈してそのアイコンの偉大さを伝えていくかは、映画監督の表現の自由として残されて当然のはずだ。ファンとしては正直「ノン!」な解釈のパートも目に付くけれど、見方を変えれば単純に監督のゲンスブールへの愛を楽しんで観ることも出来るだろう。

例えば、セルジュ・ゲンスブールを見いだしたとされるボリス・ヴィアンに扮するミュージシャンのカトリーヌ。彼ら二人が出会った夜にヴィアンはトランペットを片手に自分の歌「Je Bois」を歌い、その歌詞の「Je Bois」(僕は飲む)にかけて、ゲンスブールはピアノを弾きながら「Intoxicated Man」をかぶせてくる。同じ「Je Bois」のフレーズだけをきっかけに時代的、史実的には食い違う2曲がマッシュアップされるくだりなんかは、ファンにはたまらない仕掛けなんじゃないだろうか。

セルジュ・ゲンスブール──その伝説的なアイコンがつい最近までパリに存在していたこと、その悲しく孤高だった男のエスプリがひとりでも多くの観客に届き、そんな男に興味を持ってもらえればそれでうれしい...そう思って、この映画を複雑な気持ちとともに薦めたいと思う。

text;Shoichi Kajino

監督・脚本:ジョアン・スファール
出演:エリック・エルモスニーノ、ルーシー・ゴードン、レティシア・カスタ、ダグ・ジョーンズ、アナ・ムグラリス
原題:GAINSBOURG(Vie heroique)
2010/フランス・アメリカ/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル・DTS/2時間2分
Bunkamuraル・シネマ、新宿バルト9他にて全国順次公開中
配給:クロックワークス
 
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