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アリス・クリードの失踪

アリス・クリードの失踪

若干34歳の新鋭監督が織りなすサスペンス

11 6/13 UPDATE

賞レースを総ナメするとか、観客を感動の渦に巻き込むとか、そんなのとは無縁であっても、これはめっけもんだ!と無性に嬉しくさせる、その才能を青田買いしたような気分になる、他の映画好きに「あれ観た?」とちょい優越感混じりで話したくなる、そんな映画がある。

登場人物はたった3人、さほど有名ではない俳優、明らかに低予算、監督も無名で、キャリアも乏しくしかも初監督。でも自分で書きあげた脚本を映像化するにあたって微塵の迷いもないのがしっかと見てとれる。のっけからの演出リズムはとりわけ完璧だ。これ撮ったとき31,2歳のJ.ブレイクスン、してやったり感まんまん(笑)。

ワゴン車を盗み、ホームセンターであれこれ使用意図不明なものを買いこんで、赤い内装のアパートへとやってくる二人の男。ぜんぶ壁紙をひっぱがし、防音材を周到に装着する。そして犯行。白昼堂々、ひとりの若い女を拉致誘拐。ワゴン車に押し込んでアパートへ。ひと部屋に置いたベッドに縛り付け、衣服を剥いて写真を撮り......でもそのあと乱暴なことはせずに、用意しておいた服を着せ、さるぐつわをし、排泄のときはサインを示せと言い聞かす。

プロの犯罪者の手際の良さというのはまさにこのようなものであるかのような、テキパキと無駄のない、快調なテンポの導入部でほとんどの観客はヤラレてしまうはずだ。しかも台詞はほぼ無し。こりゃあ相当の技巧派である。

犯人ふたりはムショ仲間、中年男のヴィック(エディ・マーサン)と若造のダニー(マーティン・コムストン)。誘拐されたのはセレブ雑誌にも載る富豪の娘アリス・クリード(ジェマ・アータートン。このあと『タイタンの戦い』『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』といったハリウッド・ブロックバスターのヒロインとなるが、本作では垢抜けてないのがイイ)。ヴィックはインターネットでアリスの写真を父親に送りつけ、200万ポンドを要求するが......おお、これ以上書くのは愚の骨頂。

とにかく観客を、めくるめくストーリーテリングでコロコロ転がせまくるのがこの作家のやりたいことなのだ。スリラー映画ではたまにこういう秀才が現れるもので、たとえば『ブラッド・シンプル』のコーエン兄弟、『レザボアドッグス』のタランティーノ、『シャロウ・グレイブ』のダニー・ボイル、『メメント』のクリストファー・ノーランetc...。まあ、ぶっちゃけて言ってしまえば、すでに脚本段階ですべてが出来上がってしまっている類の映画なのだが、それもまた良し。ここまで揺るぎなく仕上がっていればね。

text:Milkman Saito

原題:The Disappearance of Alice Creed
監督:J・ブレイクソン
脚本:J・ブレイクソン
出演:ジェマ・アータートン、マーティン・コムストン、エディ・マーサン
制作:2009年イギリス映画
上映時間:101分
配給:ロングライド

6月11日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷にて全国順次公開
http://www.alice-sissou.jp/
© CINEMANX FILMS TWO LIMITED 2009