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籠の中の乙女

籠の中の乙女

子供を守るため外の世界と接触を絶った家族を
ギリシャ映画界期待の新星が描く。

12 9/03 UPDATE

ナショナル製の古いカセットプレイヤーから、淡々と流れる意味不明の用例集。「海」は革張りのアームチェアのこと。「高速道路」はとても強い風のこと......。

何度も何度もリピートさせられているのだろう。それを退屈そうに聴いてるふたりの女とひとりの男。仕草はいかにも子供っぽいが、図体はもう結構いい大人。少なくともハイティーンではあるようだ。

どうやらこの三きょうだい、父母の意向で生まれてからずっと広壮な邸宅に囲われて暮らしてきたらしい。緑もある、プールもある。だが敷地の周囲には高い塀がめぐらされ、猫一匹侵入してくることさえ珍しい(だからもし侵入してきたら大変なことになる)。この閉ざされた世界にはないモノの名前は、すべて別の意味に言い換えられて教えられているのだ。だからときおり空を横切る飛行機がなぜ飛んでいるのか、手元のおもちゃとの違いが判らない。

それでもきょうだいたちの肉体と精神はきわめて健康だ。純粋培養は伊達じゃなく、見事にすくすくと育っているかにみえる。もちろん、性欲も芽生えてくるだろう。特に男性には......と考えるのがギリシア的なのかも知れないけど、父母は一人息子にオンナをあてがっているらしい。秘密が守れそうな外界の女性を吟味し、目隠しさせて父が邸宅に連れてくる。今回は「保安員」の腕章をした女だ。息子は素直に、部屋に入ってきた女とひたすら機械的にセックスする......。
 
猟奇的で陰惨な監禁事件、あるいはそのたぐいの映画を想像させる設定だ。でも、映画が指向するトーンははっきりいって「笑い」。父母は本気で汚らわしい外界の影響から子供を遮断しようと必死なだけだし(ま、それ自体狂ってるけど)。僕などは、ルイス・ブニュエルが晩年、フランスに渡ってから撮った『自由の幻想』や『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』のようなシュールな爆笑コメディを連想してしまう。ファンタジーにまでは突き抜けない、現実認識のズレを愉しむやりかたが、まさにシュルレアリストのそれなのだ。

ちなみに本作は、カンヌの「ある視点」グランプリ受賞と米国アカデミー外国語映画賞ノミネートという栄誉を得ている。かなぁり傾向の異なる両賞だが、そういうバランス感覚も持っている映画なのだ。オフビートなトーンで全編を覆ってはいるけれど、画面は硬質なシャープさを常に保っている。

この監督、アンゲロプロス亡き後のギリシャ映画界期待の新星と目されているらしいが、何本か観たゲイ映画とか、去年の東京国際映画祭に出た『J.A.C.E.』とか、この国にはまだ妙な映画が転がっていそうな気がするが。

ちなみに原題は「ドッグトゥース」、すなわち「犬歯」。娘たちは父親から「女が家を出るのは犬歯が抜けたときだ。危険と向き合う準備ができた合図だ」と教えられている。やがて子供たちもこの家が世界のすべてでないことを知るだろう。彼らの犬歯が抜ける時はもうそこに迫っている。

text: Milkman Saito

監督・脚本:ヨルゴス・ランティモス
脚本:エフティミス・フィリッポウ
キャスト:クリストス・ステルギオグル、ミシェル・ヴァレイ、アンゲリキ・パプーリァ、マリー・ツォニ、クリストス・パサリス、アナ・カレジドゥ
英題:DOGTOOTH
製作年:2009年
製作国:ギリシャ
上映時間:1時間36分
配給:彩プロ

シアター・イメージフォーラムほか全国で公開中

http://kago-otome.ayapro.ne.jp/

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