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ベートーベンの第九の旋律に導かれて、最初のシーン。豪雨を走る若者たちの車が一人の女を轢く。さらに空撮ショットに切り替わり、煙を吐く工場群を抜け高級住宅街へ。長江を渡る橋をゆく一台の車。運転する女を演じるのは『天安門、恋人たち』(2006)のヒロインだったハオ・レイだ。あの映画のラストで、青春の残滓を振り切り、走り去った車を、あたかもいまは新富裕層となった彼女が運転しているかのようなオープニングに、ロウ・イエが当局に映画活動を禁じられていた5年間に、かの国に流れた時間を思う。
活動禁止処分の間にも、本国でこそ公開できないものの、『スプリングフィーバー』(2008)、『パリ、ただよう花』(2011)を製作し、国外で評価もされてきたロウ・イエ。現在は処分も解け、本作では検閲を通した"正式"公開を目指したが、やはり暴力描写などをめぐって当局とすったもんだがあり、結果的にいくつかのシーンをカットすることになったという。抗議の意味も込めて、中国内の上映では監督クレジットを外しての公開となった。
そうしたネゴシエーションの複雑さもまた、中国社会の現在をダイレクトに反映している上に、本作のテーマとも繋がっている。
原題は「浮城謎事」、英題は「Mystery」。本妻と愛人、それぞれに娘と息子をもうけ、二つの家庭を行き来する男。ソープドラマのような設定だが、そのような「二重生活」は中国ではさほど珍しいことではないという。
さらに男が出会い系サイトでひっかけた女子大生と情事に耽ったことから、いくつかの思惑と不幸な偶然の連鎖により、事件が起こる。しかし、その真相は明らかにされることなく、捜査は打ち切られる。
決定的な出来事はすべて雨の中で起きる。女や男は、髪を濡らし、目をしばしばさせながら、取り憑かれたように事を為す。降り注ぐ雨は川となり、犠牲は最も弱い階層の人間に収斂される。
建前と本音、ではない。二つの矛盾が併置される現実。二重生活。『パリ、ただよう花』にあったフラヌールな感覚に、俯瞰する視点が加わっている。個人を通した社会への視線がある。
ロウ・イエは最近、70年代の日本映画をよく観ているという。経済がダイナミックに国土を変え、人を変える。抱えた葛藤や矛盾も、時代の奔流に押し流されていく。個人の愛はそれらを繋ぎ止めることができるだろうか。
text: Joe Kowloon
監督:ロウ・イエ
脚本:ロウ・イエ、メイ・フォン、ユ・ファン
キャスト:ハオ・レイ、チン・ハオ、チー・シー、ズー・フォン、ジョウ・イエワン
配給:アップリンク
1月24日(土)より新宿K's cinema、渋谷アップリンクほか全国順次公開