15 11/13 UPDATE
『いちご白書』『さらば青春の日』などの脚本家イスラエル・ホロヴィッツ。彼がブロードウェイで上演された自身の戯曲を、このたびみずから監督したのが本作だ。
生粋のニューヨーカー、ジム・マティアス・ゴールド(ケヴィン・クライン)は父が唯一残した遺産である、パリの高級アパルトマンへやってきた。この渡航費で文無しになった彼は、すぐさまアパートを売るつもりだったが、そこには90歳という老女マティルド・ジラール(マギー・スミス)が住んでいた。じつはフランスには"ヴィアジェ"という制度がある。売主が亡くなるまで、買主は支払いを続けるシステムで、売主のマティルドが生きている限り、ジムは彼女にローンを払い続ける義務が生じていた。彼はそれを知らず、父親から不動産を貰ったつもりでいたが、じつは債務物件だったのだ。それに、マティルドの娘クロエ(クリスティン・スコット・トーマス)も同居していて、他に行くあてのないジムの滞在を、快く思わず妨害しようとする。
パリという恋愛の街らしく、同居の始まった彼らの関係も込み入ってくる。57歳のジムは、家族よりもパリを愛していた父親との軋轢で、幼い頃から苦しんできた。今になってその原因が、マティルドと父親の長きに渡ったW不倫であることを知る。
ジムから見た父親と、マティルドが愛していた男性は、同一人物とは思えないほどだ。ジムは父親のことを冷血漢だと思っていたが、愛に生きたために家族をおろそかにしてしまった男だと理解していく。マティルドはたとえ結婚後であっても、恋愛が人生にいかに大事であるかという、ゆるぎない信念を持っている。逆に三度も結婚に失敗しているジムに、彼女は「あなたは不倫もしたことないの?」と、恋愛の機微がいかに仕方ないかを合理的に語ってみせる。
マティルドによって、恋愛至上主義者の哲学が伝わると同時に、彼女の美しい愛の記憶も塗り替えられていく。ジムは父親によるトラウマのせいで負け犬な人生を歩むことになったと思っているが、マティルドは「もういい大人であるあなた自身の問題だ」と諭す。だが映画が進むにつれて、不倫で周りに迷惑をかけたことはないと考えていたマティルドも、ジムやクロエの告白によって、つらい現実を知ることになる。この辺りはいかにもブロードウェイ演劇らしい、家族の秘密が徐々に明らかになる痛みや、人間の内面を抉っていく面白さがある。
それでも、この映画の後味は良い。怒りをぶちまけることで、再び過去の傷を見つめることになっても、互いに事実を理解し正誤を認めていくことで、成長がある。パリの美しさは、生きる苦しみや愛の喜びのどちらにも似合う。ストーリーの抑揚が見事で、恋愛とその影響、そしてそれを理解して得られる癒しまでの物語が、まるでミステリーを見たような気分になる、めくるめく人間の奥深さに感嘆してしまう映画だ。
text: Yeko Mana
「パリ3区の遺産相続人」
監督:イスラエル・ホロビッツ
製作:レイチェル・ホロビッツ/ゲイリー・フォスター
製作総指揮:クリスティーン・ランガン/ジョー・オッペンハイマー
出演:ケビン・クライン/クリスティン・スコット・トーマス/マギー・スミス/ステファーヌ・フレス/ドミニク・ピノン
配給:熱帯美術館
2015年11月14日(土)よりロードショー
http://souzokunin-movie.com/
©2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting