15 12/25 UPDATE
ボビー・フィッシャー。実在したチェスプレイヤーである。IQ187、15歳にして最年少グランドマスターとなった稀代の天才だが、これまたとんでもない狂気スレスレの言動を繰り返す人物だった。彼自身ユダヤ人なのに、ユダヤ人が世界を滅ぼすと発言するレイシストで、福音系新興宗教へ傾倒し、ソ連から盗聴されているという妄言を繰り返した。対局においても常識からはほど遠い条件を提示し、その案が飲まれないと、ゲーム自体を放棄することもしばしばだった。
この天才的奇人を演じるのは、トビー・マグワイア。相変わらずのほほんとして考えが読めない、童貞っぽさを湛えた絶妙なはまり役である。スーツを着ているが、ネクタイの柄がいかにも70年代の風変わりな若者らしくて楽しい。撮影はリアリティや時代の再現にも気を使っており、チェスという地味になりがちな題材を、様々な映像素材が70年代のポップさで鮮やかに彩る。
本作のメインは、1972年に開催されたボビー・フィッシャーと、ソ連チャンピオンのボリス・スパスキーによる、チェス世界選手権だ。冷戦期の、盤上での代理戦争。そのためにフィッシャーはソ連の盗聴を恐れるし、スパスキーは実際に政府関係者によって、身辺を常にチェックされていた。しかしこの世紀の対戦は話題となり、ボビー・フィッシャーはまるでロックミュージシャンのようにカメラに取り巻かれ、「LIFE」誌の表紙も飾るのだ。
チェスの世界選手権はアイスランドのレイキャビクで行われた。何局かに渡る試合も、まさにボビー・フィッシャーのリズムに飲まれていく。途中退場したり、会場に現れなかったり、「観客の気配が集中力を奪うから、客を入れるな」と言い出すなど、異常なこだわりが面白くも怖い。煙に巻く戦法にしても度が過ぎ、現実に些細な物音が神経に触るさまに、周囲は膨らんでいく狂気の気配を覚える。特にセコンドを務めるロンバーディ神父(ピーター・サースガード)は、フィッシャーの怒りや、突拍子ない提案の意図を理解しなければならない役割で、この奇人の緩衝材となるのはつらい。そのため、彼の酒量が何気にどんどん増えている描写も、さり気ないだけに上手い表現だ。
チェス世界選手権がどう決着をみたのかは、ぜひ映画で確認して頂きたい。そして開催地レイキャビクの美しい風景も、この映画のもう一つの魅力だ。
text: Yaeko Mana
『完全なるチェックメイト』
監督:エドワード・ズウィック
製作:ゲイル・カッツ/トビー・マグワイア/エドワード・ズウィック
製作総指揮:デイル・アーミン・ジョンソン
出演:トビー・マグワイア/リーブ・シュレイバー/ピーター・サースガード/マイケル・スタールバーグ/リリー・レーブ
配給:ギャガ
公開中
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