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人が恋に落ちる瞬間。なにげなく見渡す動作の中で、ある人にハッと目が奪われてじっと見つめずにいられない。目を離したくても、さらに髪や服装や仕草をより深く見つめたくて、気持ちが吸い寄せられているうちに、その人も視線に気づく。でもなにか、最初から相手もこちらに「そんな存在」がいることを、感じ取っていた気がする。そして目線が絡まる意味に、互いに気付いた心の気配が双方から漂う。勇気を奮ってもう一度目をやると、視界からその人は消えている。だが、失望感が浮かんだ瞬間、目の前へ不意に現れたその人は、こちらに話しかけているのだ。もう、恋に落ちずにはいられない、決定的なとき。自分は女性同士の愛には興味がなかったのに、もう完全に彼女の美しさに心を奪い去られている。
この映画は冒頭で、そんな性別を問わずに恋に落ちる瞬間が描かれる。自分の恋愛傾向を知る前に、すでに女性と恋に落ちてしまうこともある。この描写を見れば、なるようにしてなる恋の避けがたさがわかるはずだ。
百貫店の玩具売り場で働くテレーズ(ルーニー・マーラ)は、娘へのプレゼントを探しに来たキャロル(ケイト・ブランシェット)に気づく。まだ20代で売り子のテレーズは、いやいやサンタ帽をかぶらされているが、細身の身体に似合ってキュートだ。対してキャロルはベージュの毛皮を着て、金髪にしっくりと合う珊瑚色の帽子と、揃いの色のスカーフをまとっていて、エレガントさが漂う。そして配達で買い物をしたキャロルは、淡いチャコールグレーの革の手袋を忘れていく。恋のきっかけを残すように。
二人は自然と惹かれあい、クリスマスを共に過ごすことになる。50年代、主婦で子どももいる女性としては、20代の女性と過ごすキャロルは風変わりだ。夫は仕事優先で、キャロルは妻という飾りでしかなく、家庭を顧みない夫に彼女はずっと不満を抱いてきた。そしてあるときから、自分の自由な意志を貫くようになる。キャロルとテレーズはクリスマスから年明けにかけて旅に出るが、夫も黙ってはおらず、キャロルには「心的問題」があり、「不道徳な行為」に耽っているとして、親権を取り上げると脅しをかける。子どもを愛するキャロルは、引き裂かれる思いで、とある選択をくだす。
これは、普遍的な愛の映画だ。既婚者と若者が愛し合い、問題が生じ、死にたいほどの失恋を経験して、若者は傷つきながらもそれを糧に成長していく。だが二人の結末を選んだはずの年長者も、苦渋の決断はやはり苦しみであって、選択後も虚しさを抱えることになるのだ。自由に生きられないこと、自由に人を愛せない息苦しさには、悲しくて不安にすらなる。
このラストシーンは再び視線の物語となる。視線を捉えるために、視線を送ること。その繊細な表現と、視線の行く先の顛末には、たまらずにボロボロと泣けてしまった。
text: Yaeko Mana
『キャロル』
監督:トッド・ヘインズ
製作:エリザベス・カールセン/スティーブン・ウーリー/クリスティーン・ベイコン
製作総指揮:テッサ・ロス
出演:ケイト・ブランシェット/ルーニー・マーラ/サラ・ポールソン/ジェイク・レイシー/カイル・チャンドラー
配給:ファントム・フィルム
2016年2月11日(木・祝)より、全国ロードショー
http://carol-movie.com/
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