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ヴィクトリア

ヴィクトリア

監督セバスチャン・シッパー・インタビュー:
2時間20分ワンカットによる男女と銃弾の物語

16 5/11 UPDATE

映画のリアリティはますます進化する。『バードマン』『レヴェナント』といったアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督による二年連続の傑作が示す映画のリアリティ追求の新たな地平に躍り出るのが、このベルリンからの画期的な一作だ。ドイツ人監督セバスチャン・シッパーによる『ヴィクトリア』は、なんと2時間20分ワンカットのリアルタイム・ドラマ。去年のベルリン映画祭でも三冠に輝くこの異色の映画は、観客が映画を体験する新たな地平を示している。

映画は、若き女性ヴィクトリアがベルリンで体験する2時間20分のストーリー。スペインからベルリンに来てから3ヶ月、未だ街に馴染めず淋しい思いをしていたヴィクトリアは、クラブ帰りに4人のドイツ人青年と出会う。一緒にスーパーで酒を盗み、ビルの屋上で酒を片手に語り合い、楽しい時を過ごすが、やがて彼らがマフィアとのトラブルに巻き込まれていることが分かり、銀行強盗を強いられていくというサスペンス。次々と事態が急変し先が読めない展開に、ヴィクトリアもそして観客も翻弄されていく。

これが4本目の作品で(日本ではデビュー作『GIGANTIC ギガンティック』1999年のみ公開済み)、本作で俄然世界的注目を集める監督のセバスチャン・シッパーに話を伺った。

今作の最大の特徴はなんといっても、2時間20分をワンカットで撮るという今までにない挑戦的な試みだ。制作費はわずか100万ユーロ(約1億2千万円)にも関わらず、シッパーはベルリン映画祭を始め、数々の賞を受賞する話題作を作り上げた。

「ワンカットで撮影するというアイディアは、前からあったんだ。よくアレキサンドル・ソクーロフ監督の『エルミタージュ幻想』(2002年 96分間HDカメラによるワンカットで撮影)と比較されるけれど、実はそれは観てないんだ(笑)。俳優たちは最初から乗り気だったよ。僕が考えるいい俳優っていうのは、即興性があって、違う世界に没頭し、そこに滞在し続ける能力がある人で、ヴィクトリア役のライア・コスタはまさにぴったりだったんだ。観客は、彼女を通過するものを本能的に感じながら、ともに生きるという体験をする。ヴィクトリアがこの2時間20分で別の人間に変貌するように、観客も変貌する彼女に強いシンパシーをいだくはず。これは2時間20分の成長物語。彼女はそういう演技をするための準備ができていたんだ」

#映画は湖ではなく川だ

シッパーが撮影前に用意したのは、おおまかな動きやロケーションが書かれた12ページの台本のみで、俳優たちはアドリブをふんだんに入れて演技した。

「撮影前にはリハーサルをし、俳優たちと何度も話し合った。特に"この作品は静かな湖ではない。流れは緩やかだが、決して止まることのない川をイメージしてほしい"ということを強調して伝えたんだ。今作は三回目のテイクで完成したのだけれど、今考えても撮り直したい部分はないし、する必要もない。デジタル時代に住んでいる僕らは、小さなミスを全て取り除くことができてしまう。しかし、欠陥が一切ないものは、果たして本物と言えるだろうか? 例えば、あなたが愛する人や物はどうだろうかと考えてみてほしいね」

#『バードマン』手法の『俺たちに明日はない』

若者たちが銀行強盗をするという物語は、1930年代にアメリカ中西部で銀行強盗や殺人を繰り返した実在のカップルを描いたアメリカン・ニューシネマの代表作でアーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』(1967年)を彷彿とさせ、全編ワンカット撮影という手法は、昨年アカデミー賞を4部門で受賞したイニャリトゥ監督の『バードマン』を思い起こさせる。いわば『バードマン』の技術を使った現代版『俺たちに明日はない』とでも呼べる作品に仕上がっているが、シッパーは特定の映画に影響されてないと言う。

「『バードマン』と比較されることは多いけど、全く違う作品だ。もちろん『バードマン』も『俺たちに明日はない』も観ているよ。確かに僕自身が今まで観てきたたくさんの映画から影響を受けている。でも、僕にとって最も大切なのは、そこからどのような新しいものを作り上げることができたかということだ」

ライブ感溢れる新たな映画を生み出したシッパーは、今作で経た経験をもとに次の作品の構想を始めている。

「俳優はクレイジーな存在であり、人々はその姿を見るために映画館に行く。だから俳優を檻に閉じ込めるような映画制作の仕方はしてはいけないと思う。観客は映画館でクレイジーな生き物を見たいはずなんだ。現在は3つほど英語の映画を撮る予定がある。次も何かクレイジーなことが起きる映画になる予定だけれども、さすがにワンカットではないよ(笑)」

text: 菅付雅信(編集者/グーテンベルクオーケストラ代表取締役)

『ヴィクトリア』
監督:セバスチャン・シッパー
製作:セバスチャン・シッパー
脚本:セバスチャン・シッパー/オリビア・ネールガード=ホルム/アイケ・フレデリーケ・シュルツ
出演:ライア・コスタ/フレデリック・ラウ/フランツ・ロゴフスキ/ブラック・イーイット/マックス・マウフ
配給:ブロードメディア・スタジオ

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