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THINK PIECE

Chilly Gonzales

もはや僕自身も"レイシストのカプチーノ"なのさ──
奇才チリー・ゴンザレス、怪作『IVORY TOWER』を語る

10 10/13 UP

photo&text: Shoichi Kajino

SOLO PIANO SHOWとして待望の初来日を果たしたChilly Gonzales。ピアノを自分の体の一部のように操り、時には限りないピアニッシモ、時には猛烈なパッションとともに素晴らしい演奏を披露した。もちろん時には大きな笑いもとりながら。来日の最中、リリースされたばかりの『IVORY TOWER』の話を聞いた。

チリー・ゴンザレス

カナダ生まれの本名・ジェイソン・ベックは2000年を前にベルリンへ移住し「Chilly Gonzales」と名乗ることでそのキャリアをスタートさせた。エレクトロ、ラップ、ポップ・ミュージック、ソロ・ピアノとアルバムごとにそのスタイルを変幻自在に変化させてきた彼は、ミュージシャンとしてだけではなく、ファイスト、ジェーン・バーキン、モッキー、ピーチーズ、カトリーヌなどのプロデューサーとしても才能を発揮するなど、真の「ミュージック・ジーニアス」としてその名を馳せる。8月にはBOYS NOIZEをプロデュースに迎えた自らのニューアルバム『IVORY TOWER』をリリースしたばかり。

http://www.chillygonzales.com/

 

──
今回のアルバム「IVORY TOWER」、本当に素晴らしいアルバムでしたが、本来プロデューサーであるあなたがBOYS NOIZEのアレックスを迎えて作ったというのはとても意外に感じました。
「言う通りこれまで僕は他人をプロデュースする側にいて、誰かと一緒に仕事をすることで、そこで何かが起きるのを知っていた。だから、今度は自分に何かの変化が起きるのを試してみたかったんだ」
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前作の『Soft Power』とどのような違いが生まれたと思いますか?
「『Soft Power』は明確なポップ・ソングのアルバムだった。対して、このアルバムはチェスのゲームにインスパイアされた、よりインストゥルメンタルのトラックの多いアルバムになっている。典型的な歌の構造から脱して、リスナーがその音楽に意味を持たせるためにより時間のかかる音楽──より忍耐が必要なアルバムとも言える。チェスのゲームのようにね」

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ご自身も出演されている、そのチェスのゲームを描いたという映画『IVORY TOWER』についてもう少し教えてください。
「これは言うなれば競争を描いた映画、あるいは家族を描いた映画なんだ。アルバムの中のすべてのトラックはこの映画に登場する。といってもミュージカルでもミュージック・フィルムというわけでもなく、いわゆる本当の『映画』。スポーツの映画といってもいい。トレーニング、大きな対戦、戦いへのプレッシャー……。チェスを知的でフィジカルなスポーツとして描いているんだ」
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以前あなたに取材した際にとても印象に残っている、衝撃を受けたエピソードがあります。例えば『Working Together』という曲はプロデューサーとして他人と一緒に仕事をしているときのストレスというネガティヴなパワーをポップなものに転換して作ったというエピソードで、あなたのすべての曲がネガティヴなエネルギーから出来ているというものでした。そのアティチュードは今作でも変わらないのでしょうか?
「それこそが僕がこれまでずっとやってきたやり方だよ。もちろん今作も。たとえば誰かに嫉妬心を抱いたり、何かにフラストレーションを感じれば、それをポジティヴなモチベーションにすることだって出来るんだ。その感情こそクリエイティヴィティのためのガソリンだ。このアルバムの『The Grudge』という曲では、まさにそのことを歌っているんだ。他人に対して本当に嫌ったり、嫉妬したりするけど、それをモチベーションにできるのならそれでもいいじゃないかと、ラップでね」

 

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この2年の間にもとてもフラストレーション、ストレスがあって、新しいアルバムを生み出すための十分なガソリンが蓄えられたというわけですね。
「もちろん。27時間のギネス・レコード(※ゴンザレスは昨年ギネス世界最長のピアノ生演奏のワールド・レコードを更新した!)もあったし、コラボレーションやプロデュースもいっぱいやった、本当に忙しい2年間だったからね」
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そのギネス・レコードへの挑戦の様子をストリームで見させて頂きました。とても興味深い挑戦でしたが、それはあなたにとってはどういった意味があったのでしょうか?
「何かオフィシャルなレベルへとステップアップしたいと思ったんだ。知っての通り、僕はいつも小さなエキセントリックな泡の中に閉じこもって暮らしている。ピーチーズ、ファイスト、モッキー、ティガ、いつもの友人たちと一緒にね。それが、かつてファイストのアルバムがグラミーにノミネートされた際、プロデューサーであった僕もグラミーにノミネートされて、それはとても楽しい経験だった。小さな泡が突然大きな泡へと膨らんでいったような感覚があって、いわばギネスへの挑戦もそういった種類のものだったんだ。ギネスは誰でも知っているオフィシャルなものだから、例えば、僕の音楽を知らない人にでもGonzalesというのはどんなミュージシャンかと説明する際にとても有効だ──グラミーにノミネートされたプロデューサーであり、世界最長演奏のギネス記録をもったミュージシャン、といった具合にね。これで、たとえ僕の音楽を聴かずとも僕が競争心に満ちていて、楽器の演奏が上手なことは分かるだろう。自分が誰なのか(WHO I AM)を明確にする一つの方法でもあった。そうでもしないと僕はとても複雑な人間だからね」
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「WHO I AM」といえば …やはり今回のアルバムで『I AM EUROPE』という曲が面白いですね。ヨーロッパの日常を並べたリリックが、アイロニーに満ちているようで愛がある…というか。
「この曲にはまったく批評的な意味はないんだ。ただ鏡を見ているようなものだよ。僕はすでに15年間ヨーロッパに住んでいる。もはや僕自身がヨーロッパで、僕自身が"レイシストのカプチーノ"でもある。僕はヨーロッパの一部になりきったから、今では『ウェイターがトロい』なんて文句も言わなくなった。でも自分自身を反映して歌ったものだから、その意味では批評よりもより深いと思うよ」
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いつ頃からカナダ出身であるあなた自身が「ヨーロッパ」であるという自覚が出てきたのですか?
「ほんの2~3年前からかな? 僕はヨーロッパの一部であるように感じているけど、同時に僕はカナダの一部でもある。だけど僕のオーディエンスはヨーロッパであり、ヨーロッパこそ僕にとってすべてが始まった場所なんだ。もちろん僕がカナディアンであることは変わらないけど、僕の音楽に反応してくれるオーディエンスはヨーロピアンで、僕のプレイ・フィールドはヨーロッパなんだ」