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国立の美術館が一民間人のコレクションを展示する。考えてみると、なかなかない展覧会だ。所有者は台湾の実業家、ピエール・チェン。電子機器関係の会社を興し、一代で財をなしたという。
彼が初めてアートを買ったのは大学生のときだった。台北のギャラリーで見た張義(チャン・イー)という作家の彫刻作品に一目惚れし、一年半分のアルバイト代を貯金してようやく手に入れた。それまではとくに意識してアートに触れることはなかったが、ファッションデザイナーをしていた母の影響はあるかもしれない、と本人は言う。
会場にはそれ以来25年あまり、彼が集めてきた作品が並ぶ。ゲルハルト・リヒター、アンドレアス・グルスキー、ロン・ミュエク、フランシス・ベーコン......。現代美術シーンを代表する作家の名がずらりと並ぶのに圧倒される。しかも作品はそれぞれの作家の中でも確実に後世に残ると思われる、いわばマスターピース候補となるようなものばかりだ。オーナーは、ふだんはこれを複数ある自宅に飾っている。「Living with Art」、アートとともに暮らすことが彼の信条だからだ。倉庫に大切にしまいこんだり、あるいは投機の対象として購入したりということはない。
彼が作品の購入を決断する基準はただ一つ、自分がその作品を好きかどうかだ。コレクションにはどちらかというとカラフルな作品が多いという。自分の中にエネルギーがチャージされる感じがするのだそうだ。オークションのカタログなどで気になる作品を見つけると、印をつけて1週間ぐらい放っておく。そのあとでまだその作品がほしいと感じたら、アーティストや作品のコンセプト、価格などについて入念に調査し、購入するかどうかを最終的に決断する。
「私が働いているエレクトロニクスやIT業界は競争が激しく、変化も速い。全力で働いたあと、自宅でアートに触れることで心のバランスをとっているのです」
それは茶室で茶をたてたり、禅の瞑想を行ったりするのに似ているのだろうか。リビングやテラスはもちろん、ベッドルームにも、そしてバスルームにまでアートがある住宅で得られる心の安らぎは格別なものに違いない。
チェン氏は「コレクションすることがビジネスに直接影響したとは思いませんが、アートについて語ることのできるたくさんの友人ができました」とも言う。美術館でこの展覧会を見ながら、「Living with Art」な暮らしを妄想してみるのも悪くない。何よりもチェン氏のアートへの愛情がまっすぐに伝わってきてすがすがしい。アートとのこんなつきあい方もあるのだ、ということを実感させてくれる。
text: Naoko Aono
『現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより』
開催中〜8月24日
東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3−1
tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
10時〜17時(金〜20時)
月曜(7月21日は開館)、7月22日休
入場料1200円
マーク・クイン「ミニチュアのヴィーナス」2008年 ヤゲオ財団蔵
© Marc Quinn
ロン・ミュエク「若者」2009年 ヤゲオ財団蔵
© Ron Mueck Photo: Alex Delfanne
ゲルハルト・リヒター「叔母マリアンネ」1965年 ヤゲオ財団蔵
© Gerhard Richter, 2014
トーマス・シュトゥルート「トカマク型装置(Asdex Upgrade)の内部2、マックス・プランク・プラズマ物理研究所、ガーヒンク」2009年 ヤゲオ財団蔵
© Thomas Struth