16 7/27 UPDATE
1986年、『ストリート・オブ・クロコダイル』で一躍注目を集めたクエイ兄弟。廃墟のような空間を不気味なパペットが行き来し、ハサミや滑車やネジがひとりでに動き出す。文化や人間の精神に潜むさまざまな闇を暴き出すような映像は大きな衝撃を与えた。それから30年、「ストリート・オブ・クロコダイル」に至るまでとそれ以降の作品を網羅したアジア初の展覧会が神奈川県立近代美術館 葉山で開かれている。
展覧会の初日には公開制作が行われた。観客に立ち会ってもらって展覧会を完成させたい、というアイデアからだ。彼らにとって公開制作は初めてのこと。「いつもはスタジオにこもって制作しているから、君たちと同じぐらい僕たちも緊張している」とティモシーが言うとスティーヴンが「目をつぶってて」と冗談を言いながら、鹿の角が生えた黒板にチョークでドローイングを始める。背格好のそっくりな二人(彼らは一卵性双生児だ)は同時に鹿の頭と尻を描き始め、そのうちスティーヴンが文字を書き、ティモシーが手で輪郭を調整する。ときどき小声で何かを話す以外はほぼ無言でどんどん描いていく。絵は30分ほどで完成した。
完成した作品は《鹿/デコール(中央部)「粉末化した鹿の精液」の匂いを嗅いでください》というもの。2006年と2007年に開かれた「ドルミトリウム」という展覧会の一部になる。デコールとは彼らが映画を作る時のセットのことだ。
展覧会には彼らがこれまで作ったデコールが並び、それを使った映画のダイジェストが上映されている。デコールが意外に小さいのにびっくりさせられる。映画にあれだけ濃密な世界が展開しているということは、細かいところまで作り込まれているということだ。彼らはそのセットの中をマクロレンズで撮影して、あの独特の世界を作り出す。
クエイ兄弟は1947年、アメリカ・フィラデルフィアに生まれ、フィラデルフィア芸術大学でアートを学んだ後、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに留学する。そこで後に英国映画協会に勤めることになるキース・グリフィスと出会ったことが二人を映像の道に進ませる一因となった。東西にまだ厚い壁がそびえていたその頃、二人はポーランドのポスターやフランツ・カフカ、ポーランドの小説家・画家ブルーノ・シュルツ、チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクらに傾倒する。コマ撮りアニメーションの第一人者であるチェコの映像作家、ヤン・シュヴァンクマイエルも彼らがリスペクトしてやまない作家の一人だ。1984年にクエイ兄弟は映像作品『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』を制作している。
公開制作のあと、簡単な質疑応答が行われた。「どこからインスピレーションを得ているのか」という問いに二人は「学生時代から僕たちは直感的にいろんな音楽や文学に触れてきた。シュルレアリスムのように予期しない出会いを楽しんできたんだ」と答えた。実際、彼らの参照先は多岐にわたっている。展覧会では映像だけでなく初期のドローイングやPV、コマーシャル、オペラや演劇のセットまで彼らの多彩な活動を追うことができる。見る方も予想のつかない出会いを楽しめる。
text: Naoko Aono
『クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―』
会期:開催中〜10月10日
会場:神奈川県立近代美術館 葉山
神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
tel.046-875-2800
9:30〜17:00(入館は16:30まで)
月曜休(9月19日、10月10日は開館)
一般1300円
http://www.moma.pref.kanagawa.jp
『ストリート・オブ・クロコダイル』より 《仕立屋の店内》 1986年 photo © Robert Barker
『マゼーパ』 1991年、ロイヤル・ナショナル・シアター、ロンドン
『イーゴリ―パリでプレイエルが仕事場を提供していた頃』 1982年、16mm、カラー、26分