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杉本博司 ロスト・ヒューマン

杉本博司 ロスト・ヒューマン

文明の終焉を巡る33の物語・廃墟・一千一体の仏。

16 9/13 UPDATE

「今日、世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない」。そんな書き出しで始まる33の物語は杉本博司に降り立った終末のビジョンを描出するもの。理想主義者、政治家、コメディアンらが語る、文明の終わりの物語だ。

錆び付き、破れたトタン板が立ち並ぶ会場は廃墟のよう。そこに、杉本が所有するおびただしい文物が並ぶ。黄色い硝子球は昭和19年、長崎型原爆を製造するためにアメリカのハンフォードに作られた原子炉内を目視確認するための硝子覗き窓の一部。画面が荒れたキリスト像は蝋人形館の「最後の晩餐」を杉本が撮ったものだが、ハリケーン・サンディがニューヨークを襲った際、杉本のスタジオも水浸しになり、プリントもこんな姿になってしまった。杉本はこれを見て「古色が付いた」と喜んだという。「キンチョール」の缶は蜂の異変に気づいた養蜂家が、文明の終焉を語るコーナーに置かれている。実際に近年、蜂の生態の変化が報告され、人間が散布する殺虫剤や農薬の関与が疑われている。

次の展示室では日本初公開の「廃墟劇場」のシリーズが並ぶ。アメリカの景気後退によって閉館したが、取り壊す資金もなく放置されている映画館で撮ったものだ。撮影は杉本の「劇場」シリーズと同様に映画が1本上映される間、シャッターを開放して行われた。が、今回は自らスクリーンや映写機を持ち込んでの撮影になる。上映する映画も選べる。杉本が選んだのは「ディザズター・ムービー」と呼ばれるもの。「ディープ・インパクト」のように災害によって人類が大打撃を受ける、という映画だ。「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」のシリーズに続いて終末感が漂う。

展示の最後になってようやく救いの光が見えてくる。「仏の海」と題されたシリーズは京都の蓮華王院本堂(通称「三十三間堂」)の千手観音を写したもの。画面はモノクロームだが、御仏が鮮やかに輝くのが見える。こんな光景が見られるのは早朝、太陽の光が東から入って奥まで射通すほんのわずかな時間なのだそう。この千手観音像は末法思想が世に満ちていた平安時代末期、後白河法皇の願によって平清盛が建立したもの。杉本は後白河法皇が見ていたものと同じ景色を再現しようと試みた。輝く御仏たちが西方浄土に導いてくれる。ほぼ実物大にプリントされた写真には、平安時代の人々の思いが込められている。

さてやはり、文明は終わってしまうのだろうか? そうだとすれば、それはどのようなシナリオをたどるのだろうか。とりすました美術館に突如現れる廃墟が、その結末を物語る。

text: Naoko Aono

『杉本博司 ロスト・ヒューマン』
会期:開催中〜2016年11月13日(日)
*月曜休館(9月19日、10月10日は開館、翌日休)
会場:東京都写真美術館
東京都目黒区三田1−13−3 恵比寿ガーデンプレイス内
tel 03-3280-0099
観覧料 一般1,000円
www.haramuseum.or.jp

1最後の晩餐(部分)
サンディ・バージョン
1999年
ゼラチン・シルバー・プリント
2パラマウント・シアター、ニューアーク
2015年
ゼラチン・シルバー・プリント

©Hiroshi Sugimoto/Courtesy of Gallery Koyanagi