16 10/18 UPDATE
今年6月、イタリアのイゼオ湖で《ザ・フローティング・ピアーズ》を実施したクリスト。わずか2週間だけ、湖の上を歩ける鮮やかなオレンジ色の桟橋が出現した幻のようなアートだ。彼と、2009年に急逝したパートナーのジャンヌ=クロードは25年前、日本でもプロジェクトを実施している。アメリカの米カリフォルニア州南部と茨城県北部に合計3100本の傘を立てるという《アンブレラ》だ。そのドキュメンテーション展が水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催されている。
展示はクリストが描いたドローイングから始まる。実際の景色に傘のイメージを重ね合わせて、風景がどのように変わるのかを検討しているのだけれど、それ自体がとても詩的で美しい。彼の確かな技巧は、作品集に載せられている学生時代や若い日に生活のためにヤヴァシェフの名前で描いた肖像が、風景画の中にも見いだすことができる。
ギャラリーには閉じた状態の傘やその部品も並んでいる。傘は直径が約9メートル、高さ6メートルという大きなものだった。「壁のない家」を作りたかったのだとクリストは言う。色はアメリカが黄色、日本では青。砂漠が広がるカリフォルニアと、雨が多く川や水田が広がる日本の気候や地形から発想したものだ。
プロジェクトが実現するまでには実に多くの労力がかかっている。カリフォルニアで傘を立てる許可を得なくてはならない地権者は25だったが、日本では459もの地権者と交渉しなくてはならなかった。クリストらは通訳を通じて彼らを尋ね、プロジェクトの説明をしている。そのときにお茶を出してくれるのが印象的だったようで、後に「日本では6000杯の緑茶を飲みました」と回想している。
展覧会のオープニングにあたって来日したクリストは、車でかつて傘を立てたエリアを訪れた。傘があった場所に来ると「ここだ! ここにも傘があったんだ」と目を輝かせて叫ぶ。「ここにはオフィスがあったよね」「この家の人には『入れ歯の具合が悪くて、あまりしゃべれなくてすみません』って謝られたんだ」と懐かしそうだ。細かいことまで詳細に覚えている彼の記憶力に感服するとともに、プロジェクトにかける彼の想いも伝わってくる。
クリストのアートは一部を除いて、終了後は何事もなかったかのように消えてしまう。鮮やかな桟橋や傘が出現し、多くの人が訪れた場所も、もとの街並みや自然に戻っていく。でもなくなってしまうからこそ、人々の心には大きなものが残る。彼は膨大なエネルギーを投入してプロジェクトを行う理由を「自分たちが見たいから」という。そんなピュアな動機も、彼の作品が多くの人を惹きつける理由の一つなのだ。
text: Naoko Aono
『クリストとジャンヌ=クロード
アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91』
会期:開催中〜2016年12月4日
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー
茨城県水戸市五軒町1−6−8
tel. 029-227-8111
9:30〜18:00
月曜休
一般800円
http://www.arttowermito.or.jp
、《アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91》カリフォルニアでのプロジェクト光景。
(C) Christo, 1991 photo: Wolfgang Volz
《アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91》茨城県でのプロジェクト光景。
(C) Christo, 1991 photo: Wolfgang Volz