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非常階段東京 - TOKYO TWILIGHT ZONE

非常階段東京 - TOKYO TWILIGHT ZONE

非常階段の上から見下ろす東京の静謐で繊細な美しさ

08 11/28 UPDATE

時刻でいえば黄昏時から夜。長時間露光によって大判写真に焼き付けられた本書の「東京」は、これまでに見た憶えのあるものとは、すこし違う。もちろん、誰がどう見ても「東京そのもの」であることは間違いないのだが、美的で、静謐で、そして繊細な触感のはてしない重積によって組み立てられた、奇跡的バランスを有する箱庭模型のような......。

本書は、その名のとおり、「非常階段の上から」東京の各所を撮影したもの。このアイデアが、まず素晴らしい。空撮ではなく、地上からの撮影でも、ビルの窓から外景を撮ったものでもない。非常階段の上という「ナナメ上から」の視点。誰もが上がってみることができそうな角度から、街を見おろしてみること──この「角度」から生み出される効果が、人肌な感じで、とてもいい。同時に、非常階段というものは、ビルの前面には取り付けられない。往々にして、「裏通り」に面した側に設置される。この効果もまた、面白い。裏通りの果てに屹立する東京タワーの図は、これまでに見たことのないものだった。しかし、心の奥底では、「知っていた」光景だったはずだ。本書はそれを、見事な技術と感性によって、現実から切り取ってきてくれる。

その歴史的経緯と社会的不備により、元来、東京という街は、国際的に見て「醜い都市」の典型だと言っていいだろう。むかしのことは知らないが、現在の東京というのは、そういうものだ。ゆえに、「東京を撮ろうとした」写真集によくある手法が、「無人の街」を被写体にする、というもの。この作為が、僕は個人的にうっとおしい。写真家が街に負けているのだと思う。人を排除して、建築構造物の集積(や、すこしばかりの自然)を、据え物撮りで撮って格好つけたところで、何が面白いのか。僕には全然わからない。

本書にも、人の姿は(たぶん)ほとんどない。しかし、家々の明かりが、人々の営みが、やわらかい光となって、一枚一枚の写真を彩っている。写真家が立った位置、その「角度」と、この撮影時間を選んだ理由は、これら光の数々を「街の全景の中」に刻印したかったからなのではないか。個人的にはまったく興味も接点もない街──たとえば、「新小岩」など──が、本書の中では、この上なく美しく、やさしい表情を見せてくれている。再版決定もむべなるかな。外国人の友だち全員に自慢したくなる、現在の東京が「最高の表情」を見せてくれている写真集だといえる。

Text:Daisuke Kawasaki(beikoku-ongaku)

『非常階段東京 - TOKYO TWILIGHT ZONE』
佐藤信太郎(青幻舎)
3,360円[税込]