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追憶のハリウッド '60s  もうひとつのディラン詩集

追憶のハリウッド '60s  もうひとつのディラン詩集

写真家バリー・フェインスタインと
ボブ・ディランのコラボレート本

10 7/28 UPDATE

写真も貴重だが言葉も貴重、なんでもこれは、制作時から40年間もお蔵入りしていたものだったのだという。まさに待望の一冊の邦訳版が本書である。

本書は、写真家バリー・フェインスタインとボブ・ディランのコラボレートによる「写真と詩」の本だ。バリーは、『時代は変る』のスリーヴ写真をはじめ、長きにわたってディランを撮りつづけた人である。また同時期に、ディランと友人関係を築いた人でもあった。そんな両者の関わりから生まれた本書は、ハリウッドに赴いたバリーが撮った街や人、その虚像や実像のモノクローム写真の数々に、ディランが言葉をあたえてゆくという形でつくられていったそうだ。「写真があったから、書くことができた」とディラン自身が語っている。そして時代は、60年代前半(詩作は64年と推測されている)。これが良くないわけがない。

まず写真が味わいぶかい。ジェーン・マンスフィールド、スティーヴ・マックイーン、マーロン・ブランドといった大スターのポートレートあり、舞台裏の写真もあり、街並みもあり(ハリウッド・サインと街をとらえた一群がとくに秀逸)......なかでも、もっとも印象ぶかいのが、マリリン・モンローが死亡した当日に──これは完全に無許可撮影に違いないだろうが──彼女の邸宅のプールサイドを撮ったもの。ゲイリー・クーパーの葬儀の模様もある。つまり本書の写真群は、20年代に頂点をきわめた、もっとも原初的な姿の「ハリウッド」という帝国が崩壊してゆく様を、その輝きがまだかろうじて残存していたさいごの日々を、写真へと定着させたものだと言えるだろう。

そうした写真に対する、ディランの詩もまた興味ぶかい。彼自身、その若き日々に「ハリウッドの輝き」を刷り込まれていた、というファクターがここで見えてくる。前述のマリリン邸の写真に寄せた詩など、その典型だろう。64年以降、ディランはまさに時代の寵児として、大騒動を巻き起こしながら前人未踏の荒野へと旅立っていくことになる。そうなってからでは、このような素直な筆致で書くことはできなかったのではないか。またボブ・ディランの長いキャリアのなかでも、「曲がついていない」独立した文章集としてはこれが二冊目となる。一冊目の『タランチュラ』同様、ビート文学からの影響という点でも、ディラン研究者や米文学者には見逃せない逸品だろう。

もちろん、なんの研究者でもない人でも、ひじょうに楽しめる一冊であることは間違いない。ヴィンテージなイメージの数々と、「いまだに」強烈なドライヴ感をはなつ「言葉」の奔流のすさまじさ。原詩が掲載されているところも嬉しい。アメリカ文化史的にも重要な「発掘品」といえるのが本書だ。

Text:DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

『追憶のハリウッド '60s  もうひとつのディラン詩集』

ボブ・ディラン 詩 バリー・フェスタイン 写真 中川五郎・訳
(青土社)
2,940円[税込]