10 8/26 UPDATE
帯の惹句は「エヴァも、/任三郎も、/はじまりは/犬神家だった。」(『/』でもちろん改行)。ついに出た!という感慨もひとしおの本書。その名のとおり、市川崑映画のアイコンとして印象ぶかい、タイトル・バック、テロップなどでの「明朝体づかい」を、微に入り細に入り検証・解析・評論したものだ。
つまりそれは、黒バックの画面いっぱいに、「白抜き極太明朝」が「L字型に組まれて」いる、というあのスタイルのことだ。エヴァンゲリオンはもちろん、古畑任三郎のタイトル(は、本書では崑スタイルのゴシック体亜種と見なされている)、資生堂「TSUBAKI」CMなどなど、影響下にあるものも数多い、巨匠のトレードマークは、いかにして生まれたのか? また、あのスタイルが用いられたことから生じた意味性とは?......といった事柄について、著者はまさに金田一耕助ばりに、つまり「名探偵」ばりに追求していくのだが、その過程はかなり読ませます。「明朝体の起源」などは序の口、日本における明朝体の歴史とその分類、「市川崑の明朝」の字形照合実験、レイアウトグリッドを用いての比較......と、気づいたときには、日本語タイポとレイアウトの深淵から「生粋のモダニスト・市川崑」の表現の核が浮かび上がってくるという仕掛けだ。日本語をあつかうデザイナーであれば必見であることはもちろん、意外な角度から展開された映画作家論としても秀逸な一冊なのではないか。
個人的な思い出をすこし。あるとき僕は、世田谷のとある街の中華料理店で昼ごはんを食べようと、通りを歩いていた。と、その日なぜか、眼光が尋常ではない中高年の男性と、何人も何人もとすれ違うのだった。彼らはゆるやかな坂を下っていって、僕はその坂を上っていた。坂の途中の立て看板を見て、この日、すぐ近くの東宝スタジオで市川崑監督のお別れ会が開かれていることを知った。つまり僕がすれ違っていた人たちは、市川組のかたがたや、監督と関係があった人たちだったのだろう。こうした眼光の男たちが、日本映画のさいごの黄金時代をささえていたのだ、とそのとき僕は実感した。
日本にソール・バスはいなかったけれども、僕らには市川崑がいたじゃないか!という思いを、より強くさせられた一冊だった。
Text:DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「市川崑のタイポグラフィ 『犬神家の一族』の明朝体研究」
小谷充・著
(水曜社)
2,625[税込]